第9回 教員エッセイ

Veritas

外国語学部ポルトガル語学科准教授 田村梨花先生

2013.11.28

武井弥生先生から田村梨花先生へのメッセージ
 

12月開催予定の講演会の準備でご一緒している、ポルトガル語学科の田村梨花先生にお願いしました。田村先生は南米、私はアフリカと、言葉は違っても相通ずる話題に共感しております。

  

 

 

ブラジルのノンフォーマル教育―よりよく生きるための学びあいの場―

 

外国語学部ポルトガル語学科 田村梨花  

 
 

総合人間科学部看護学科の武井弥生先生とは、ブラジルの社会活動家の講演会企画をきっかけにお会いする機会を得ました。私は現在、外国語学部ポルトガル語学科にてブラジルの社会開発に関する講義を受け持っています。武井先生のアフリカにおけるフィールド調査のお話は、専門分野は異なっていても、人々が安心して生活できる社会を模索するという目的において得るものは多く、とても興味深いものばかりです。

「サンパウロ州社会教育者協会」の皆さんと(左から3人目が筆者)
(2013年9月 サンパウロ州カンピーナスにて)

私は1994年に現在所属するポルトガル語学科を卒業しました。学生時代に留学した頃からブラジルの社会問題に関心を持ち、本学大学院外国語学研究科(現グローバル・スタディーズ研究科)地域研究専攻に進学し、これまでブラジルのNGOと社会運動、地域住民が中心となる社会開発について研究を進めてきました。

特に関心のあるテーマは、ブラジルにおけるノンフォーマル教育の展開です。

     

ノンフォーマル教育とは、公的資格を持たない、基本的に公教育(公立学校)以外の空間で行われる形態を持つ教育活動(1)です。ブラジルは、軍事政権による抑圧的な社会状況が続くなか、「社会を変える力は民衆自身にある」として、人々の生活向上のための教育活動が多くの社会運動組織によって取り組まれてきた歴史を有しています(『被抑圧者の教育学』のパウロ・フレイレの思想にも影響を受けています)。  

 

学齢期の子どもたちに関しては、ストリートチルドレンを対象に「路上の社会教育者」たちが様々な教育を実践してきました。現場で行われる教育の目的は、基礎学力をつけることではなく、自分を大切にすること(自己肯定)、自分自身の持っている力を認識すること(エンパワーメント)、生活そして社会をより良くするために自分たちにできることは何か(社会参加)といった、人権そして市民権を理解することにあり、子どもたちの生活に深く根ざす事柄を扱う授業が展開されています。

2013年9月、15年以上調査を続けているブラジルの北部ベレンにあるNGO、エマウス共和国運動を訪れました(2)。エマウスは1970年以降、路上で生活したり、家計を支えるために働いていた子どもたちを対象に彼らの居場所を作ってきたNGOですが、現在は都市近郊の貧困指数の高い地域の子どもたちにノンフォーマル教育の場所を提供しています。ブラジルは学校が2部制のため、公立の学校に通っていない時間帯に、ダンスやパーカッションといった文化活動や、演劇やワークショップによる社会教育が行われています。 

「青年と人権」青空の下のワークショップ
(2013年9月 パラ州ベレンにて)

今回の訪問時、ベレンの様々なNGOプロジェクトに関わる青年を主体とする「青年と人権」というセミナーが開かれていました。各地から総勢200人近い若者たちが集まり、「民衆の抗議運動」「都市開発と農地改革」「少年法適用年齢引き下げ」等のテーマに基づきグループにわかれて話し合います。暮らしている場所は違っても、共通する社会問題を解決する活動に参加している若者たちが、各々の意見と実践の経験を分かち合う場として、活発な議論が交わされていました。

Grupo Jepiaraのミーティング
(2013年9月 パラ州ベレンにて)

女の子たちによる演劇グループ「ジェピアラ(Grupo Jepiara:「守る」という意味の先住民の言葉)」のミーティングにも参加しました。自らの生活を脅かす可能性のある人身売買や性的搾取といった社会問題に対する意識を高める啓発活動を、人形劇を通して行っています。エマウスでの発表後、ベレン内の他地域や公立学校での公演依頼が後を絶たないそうです。

 

子どもたちの生活に必要な情報や社会問題を考える機会の提供が十分とはいえない状況において、こうしたノンフォーマル教育の担う役割はとても重要であると考えられています。今後も多様な教育のあり方をブラジルから学ぶべく、研究を続けたいと思っています。

 

(1)ノンフォーマル教育はその性格上、国や地域により多様な形態を持つため、公教育と密接な関係を持つものも存在します。

(2)2013年度の調査は文部科学省科学研究費「学習者のウェルビーイングに資するノンフォーマル教育の国際比較研究」研究分担者として実施したものです。

 

専門領域

ブラジル地域研究 社会学

 

著書(共著)

[1]「NGOによる教育実践と子どものエンパワーメント」(篠田武史・宇佐見耕一編『安心社会を創る―ラテン・アメリカ市民社会の挑戦に学ぶ』新評論、2009年)

[2]「民衆から教育を学ぶ―ブラジル北部におけるフィールドワークより」(吉田研作編『外国研究の現在と未来』上智大学出版会、2010年)

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