第10回教員エッセイ

Veritas

短期大学部英語科 准教授 宮崎 幸江先生

2014.07.10

田村梨花先生から宮崎幸江先生へのメッセージ

 
 宮崎幸江先生とは、2013年10月南山大学で開催された上智大学創立100周年・南山大学外国語学部開設50周年記念シンポジウム「日本で暮らす外国とつながる子どもたち-教育現場で求められていること-」でお会いする機会を得ました。大学というリソースを活用し、多文化の子どもたちが出会いお互いに成長する、学生と地域社会をつなぐ空間作りへの活動に感銘を受けました。

 

グローバリゼーションとバイリンガリズム

多文化の子どもと家族のエンパワメント

短期大学部英語科 宮崎 幸江

 

 田村先生、メッセージありがとうございました。

 私の現在の研究テーマは、日本で育つ多文化を持つ子どものバイリンガリズムです。グローバル化の影響で、世界中で人の移動が進んでいます。日本も例外ではなく、家庭に日本語とは異なる言語や文化を持つ環境で育つ「多文化の子ども」が増加しています。私が学生の頃は、「バイリンガル」というとインターナショナルスクールで教育を受けた人や親の仕事の関係で主として英語圏で育った、いわゆる帰国子女を指し、母語話者並みの英語力をもつラッキーな人と世間から羨望のまなざしで見られていたように思います。

  今も人々の意識はそれほど変わってはいないのかもしれません。しかし、現実には「多文化の子ども」の持つ言語や文化は多様化し、より身近な存在になりました。例えば、私が所属する短期大学部には留学生はいませんが、多文化を持つ学生が全学生の10%を超えています。日英バイリンガルだけでなく、フィリピノ語、スペイン語、ポルトガル語、クメール語、ロシア語、韓国語、中国語などの家庭言語を持つ学生がいます。人によっては母国と日本の両方で教育を受けたバイリンガル、バイカルチュラルの場合もあります。

  キャンパスだけでなく秦野市も多文化な都市です。神奈川県西部に位置する人口16万人あまりの自然豊かな地域ですが、実は外国人登録者数は2%を超えており、外国人児童生徒の数は過去20年の間に14倍に増加しました。日本政府には、外国人児童生徒に対する一貫した教育政策はこれまでありませんでしたが、2014年度から学校教育基本法の施行規則が一部改正され、日本語指導が必要な児童生徒に「特別の教育課程」が設けられることになり、日本語支援の質の向上と継続性が期待されています。

右:外国人保護者用多言語版ブックレット

 私は、2009年頃から外国語学部の坂本光代先生、短期大学部の杉村美佳先生、上智大学の卒業生で米国在住のカルタビアーノ宮本百合子先生と共同研究を行い、多文化の子どもの家庭の教育環境、ことばとアイデンティティの問題、多文化共生に向けた国際理解教育の取り組みについて調査してきました。そして、日本におけるバイリンガルの子どもの教育環境を広く理解してもらえるようにと編んだ『日本に住む多文化の子どもと教育-ことばと文化のはざまで生きる(写真左)』を、このたび上智大学出版から上梓させていただきました。

  私の研究のゴールは、日本に住む多文化の子どもと家族のエンパワメントです。具体的には次世代が社会の底辺に埋没することがないように、彼らの学力を高め多様な言語文化が資源として認められるような教育環境の改善を目指しています。そのために、短期大学部サービスラーニングセンタースタッフとして、短期大学部が秦野市と結んでいる協定をもとに、市内の小中学校と公民館などで多文化の人々に学生が行うサービスラーニングの企画運営をしています。また、秦野市教育委員会と多文化共生教育研究協議会を設け、研究成果の共有や教育実践への協力や提案をさせていただいたり、日本語教室に参加する外国籍保護者には子育てに関する多言語のブックレットを配布したりしています。( http://www.jrc.sophia.ac.jp/service_learning/

 

 私にとってフィールドワークは、研究のインスピレーションとモチベーションを得る意味でとても重要です。社会言語学を学んだことが私の研究スタンスに大きく影響していると思います。米国で学生時代、ミシガン州に住む日本人の子どもたちが地域の英語の方言(発音)をどのように習得するかを調査したことがあります。日本人駐在員が多いコミュニティでの調査でしたが、年齢や滞在年数だけでなく、家庭の教育方針や、保護者の交友関係、ホスト国に対する態度等の心理的な要因が子どもの方言習得に影響していることがわかりました。

日本地図を学ぶラオス出身の子どもと学生
サービスラーニングセンターで(2013年)

 米国に住む日本の子どもたちは、たとえ滞在が長期化したとしても、日本語補習授業校や日本から進出している学習塾などで日本語を維持し伸ばしていくことが理論的には可能です。一方、日本に住む多文化の子どもたちは母語や母文化を使用する場が限られており、日本語を習得するとともに母語が弱くなり完全に失ってしまうことさえあります。母語の喪失は保護者とのコミュニケーションの質や子どもの認知的発達、アイデンティティなどに影響を与えうることが知られていますが、今のところ公的な支援はありません。

 

 短期大学部サービスラーニングセンターでは、保護者の要望に応えて今年からスペイン語(継承語)とラテン文化を学ぶ教室を開催する予定です。南米出身の保護者を講師に迎え、短期大学部の南米にルーツを持つ学生たちも参加して、子どもたちと一緒に学びあう場を創出したいと思っています。そして、教室に参加する子どもたちのスペイン語と日本語の発達と認知的発達の関係を縦断的に観察して行く予定です。研究結果をもとに多文化の子どもの母語・母文化が公教育の場でも保障される必要があることを訴えていきたいと思います。スペイン語やポルトガル語を学ぶ学生の方や卒業生でご興味のある方がいらっしゃったら、是非サービスラーニングセンターにお問い合わせください。

 

 あと20年後、日本社会はどのように変わっているのでしょうか。日本で育った多文化の子どもたちの言語や文化が融合し、新たな文化が生まれていく過程を想像すると興味が尽きません。

 

 

〈専攻領域〉

バイリンガル教育/社会言語学/年少者日本語教育

 

〈主な著作〉

宮崎幸江(編)2014 『日本に住む多文化の子どもと教育-ことばと文化のはざまで生きる』上智大学出版

Miyazaki, S. 2007. Japanese women’s listening behavior in face-to-face conversation. Hitsuji Shobo.

Miyazaki, S. 2005. Japanese children’s acquisition of the local vowel system in a northwestern suburb of Detroit, Michigan. In Joseph, B and D. Preston (ed.) Language diversity in Michigan and Ohio. Caravan Books.

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