第5回 教員エッセイ

Veritas

総合人間科学部心理学科 横山 恭子先生

2012.07.09

宮本久雄先生から横山恭子先生へのメッセージ

 

次に心理学科の横山恭子先生にバトンタッチいたします。先生は箱庭療法などぬくもりのある手を子供たちにさしのべてそのトラウマの癒しに専念しておられます。その手は3.11で傷ついた子供たちの心にまでふれるべく伸ばされています。

  

 

臨床心理学から小児医療心理学へ

 

総合人間科学部心理学科 横山 恭子

 

大学院論文指導演習にて

 宮本先生、ご紹介ありがとうございました。

 宮本先生の共生学の研究会では、カナダのDenise Tanguay先生と箱庭療法のお話をさせていただく貴重な機会をいただきました。その体験を通して学ばせていただきましたのは、人間の中にある攻撃性や破壊性を見つめながら、「相生」していく知恵を探求しようとする先生の姿勢です。これには強い感銘を受けました。ありがとうございました。

 

 3.11は、人の心に大きな影響を与えました。おそらくは、このことの影響は、しばらく残り続けるでしょう。子どもたちとかかわる臨床現場におりますと、子どもたちの心には、震災が、いろいろな痕跡を残していると感じさせられます。でも、せっかくの宮本先生からのご紹介ですが、今はまだそれについて詳しく語ることはできません。まだ傷の癒えていない人の内的体験を、人の目にさらしてしまうと、また傷口を刺激してしまうことになるのではないかと恐れるからです。痕跡の影響は破壊的な側面もありますし、それに留意していく必要があることはもちろんですが、長い時間をかければ創造的な働きに変える可能性を、人間は持っているのではないか、もっていたら良いなあと考えています。

小児科病棟にて

 私は現在も、小児科で一臨床心理士としての仕事をしております。これは、恩師である故霜山徳爾名誉教授が常々おっしゃっていた、「臨床をしない臨床心理学者になってはいけませんよ」ということが、強く刷り込まれていることと、臨床をしなくなってしまえば、理論と実践が乖離してしまうのではないかという不安を持つからだと考えてきました。でも結局は、私は臨床が好きなのだという単純なことによるものなのかもしれません。

 

 現在お目にかかっている小児科の子どもたちの中には、小児がんや遺伝性の免疫疾患や心臓病等、重い病気の子供たちが何人もいます。行くたびに「どうして僕はこんな病気にかかったの?」「どうして他の子は再発していないのに、僕だけ再発したの?」と問いかけてくる子もいます。病気になったことに対して、「先生が悪いっていう訳じゃないけど、腹が立つ」「このまま僕は死んじゃうの?」「死んだらどうなるの?」と言ってくる子もいます。「こんな辛い治療なら、痛くないようにしてもらって死んだ方がいい」と言う子もいます。生きたくても生きられない子どももいる一方で、自殺未遂をして担ぎ込まれてくる子もあります。虐待でひん死の状態で運び込まれてくる子もいます。このようなさまざまな子どもとその保護者に対して臨床心理学では何ができるのか、これが私の研究テーマです。

大学院分析心理学ケースセミナーにて
Doris Lier先生と

 このような分野で仕事をしている臨床心理士は、あまり多くありません。また、どのようなアプローチが適切で有効であるのか、教科書のようなものもありません。これまで心理学という学問領域の中に蓄積されてきている知識と、自分の臨床経験を総動員させながらさまざまな事例に向き合っていくのは非常に刺激的で貴重な経験です。つらい経験もありますし、無力感を味わわされてへこむことも少なくありませんが、臨床現場で仕事をすることは、私にとってはやりがいの方がまさっています。客観的には「ないよりはまし」な程度のことであるかもしれません。でも、誰かが時間と労力を費やして病の床にある人に向かい合おうとすることからは、多少なりとも「意味」が生じる可能性があるのではないかと思っています。

 ただ、大学教員としては、そこに留まっている訳にもいきません。そこから他の人にも役立つものを理論化していかなければなりません。それはとても困難な作業であると感じています。自分の手には余るかもしれないと思うこともしばしばですが、ほんのわずかでも接近したいとあがいている今日このごろです。

《専門領域》
臨床心理学、小児医療心理学

 

《主な著作》
高木慶子(編) 2012 『グリーフケア入門:悲嘆のさなかにある人を支える』 勁草書房
上里一郎(監)織田尚生(編) 2005 『ボーダーラインの人々』 ゆまに書房 他

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