第6回 教員エッセイ

Veritas

理工学部情報理工学科 田中 昌司先生

2012.10.08

横山恭子先生から田中昌司先生へのメッセージ

 

先生は、脳と心のモデルについて、脳科学の分野から研究されていらっしゃいます。実は、心理学科の基礎系の先生方の領域と、近しい領域なのでしょうか。最近は、精神医学の分野への応用を研究されていらっしゃるとか。以前、学内共同研究でお話をうかがう機会がありましたときには、非常に大きな知的刺激を受けました。とても難しい分野のご研究でもあると思ったのですが、是非またお聞かせいただけませんでしょうか?  

 

脳と心の情報学

 

理工学部情報理工学科 田中 昌司

 

田中昌司先生①

San Diego のビーチで研究の将来構想を練っている私

私は、もともとはコンピューター上での複雑系のシミュレーションが専門でしたので、電気電子工学と結び付いて、脳の神経回路のモデリングとコンピューター・シミュレーションでワーキングメモリー等の研究をしてきました。何年も前ですが、京都大学や慶応大学の先生方と本学で ADHD のシンポジウムを開催した時には、横山先生にも講師として講演をしていただきました。その後、2007年度から5年計画のオープンリサーチセンター「人間情報科学研究プロジェクト」に参加し、国内外の大学研究グループとの共同研究の機会をいくつも得て、さらに研究の幅を広げることができました。中でも UCSD (University California, San Diego) の Mark Geyer 研究室は、マウスやラットを用いた行動神経薬理学的研究を大規模に行っていて、おもしろかったです。実験に使うマウスやラットがかわいらしかっただけでなく、飼育法や実験方法なども教えてもらい、勉強になりました。私は主にマウスの認知機能と行動の多変量統計解析を行いました。マウスやラットは短時間に成長するので、発達の研究にも適しています。

田中昌司先生②

UCSD の研究室メンバーと記念撮影

ここの研究室や他の研究室で行われてきた脳と心の発達の実験で大変興味深かったものがあるので紹介します。Maternal separation という実験ですが、生まれたばかりのラットあるいはマウスを毎日3時間だけ、母親ラット/マウスのいないケージに入れます。それ以外の時間は母親ラット/マウスのいるケージに戻して育てるので、授乳や母親ラット/マウスによるケアは制約がありません。これを2週間続けます。その後は通常の状態で育てられ、3週目で離乳します。その後思春期を経て、約2カ月で大人になります。興味深いのは、生まれてから2週間だけ maternal separation を受けたラット/マウスが、しばらくは他のラット/マウスと変わりなく育っていくのに、思春期以降になると行動の異変を引き起こすことです。不安・うつ等の情緒面の問題の他に社会性(他のラット/マウスとの関係)の異常やアルコール消費量の増加なども報告されています。最近は、遺伝子レベルの研究も盛んに行われているので、今後さらに多くの事実が明らかになっていくと思います。先ほどの UCSD との共同研究に話を戻しますと、マウスの行動の特徴と人間の行動の特徴の間に、見た目は違うけれど概念的に共通のものに着目することで、動物実験の結果を人間のものに翻訳するという研究も行っています。膨大な動物実験のデータを人間のための新薬の開発や脳と心の関係の解明に役立てたいという思いからです。

田中昌司先生③

順天堂大学病院のfMRI 被験者となる研究室の学生たち

2012年3月にオープンリサーチセンターの5年間が終わり、これからはもっと心の領域に迫るために、人間の脳をまるごと解析したいと思うようになりました。脳というシステム全体のアーキテクチャと機能の関係を調べることの必要性を感じています。幸い最近の測定技術の進歩は目覚ましくて、MRI でミリ単位の構造が外から見られるし、同じ空間精度で活動の変化も捉えられます(fMRI)。それと脳波測定を組み合わせると、脳のダイナミクスが記録できます。驚くべきことに、DTI (difussion tensor imaging) という技術を用いると、脳内の神経線維までが3次元的に手に取るように見ることができるようになりました。これからは、これらの測定データを統合して解析して、脳というシステムの機能的なネットワークと、状況の変化に応じて情報処理をダイナミックに変えていくすがたを描き出す情報学的な研究をしたいと思っています。ワーキングメモリー等の認知機能、さらにパーソナリティーや心の病気などとの関連も調べていきます。脳画像データの統合的な解析をするために、順天堂大学の研究グループとの共同研究を今年スタートしましたので、近い将来、成果をお届けできればと願っています。やることは山ほどあります。卒業生の人たちも、チャンスがあったら研究に戻ってきてほしいと思っています。

最後に、矢沢永吉「いつの日か」の歌詞の一部をお借りして、この文章を閉じます。お読みいただきありがとうございました。

 

いついつの日か もう一度逢おう

夢を見ていた この場所で

 

専門領域

脳と心の情報学,システム脳科学

文献

Tanaka S (2012) A model-based approach to schizophrenia research In: Schizophrenia Research: Recent Advances (Sumiyoshi T, ed). New York: Nova Science Publishers.

Tanaka S, Young JW, Halberstadt AL, Masten VL, Geyer MA (2012) Four factors underlying mouse behavior in an open field. Behavioural Brain Research 233:55-61. PMID: 22569582.

Tanaka S (2006) Dopaminergic control of working memory and its relevance to schizophrenia: a circuit dynamics perspective. Neuroscience 139:153-171. Review. PMID: 16324800.

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