第1章
マックス・ヒンデルとキャンパス内の建造物

第1節 著名な建築家として

マックス・ヒンデル氏の肖像
マックス・ヒンデル(れきけん建築アーカイブ所蔵)

マックス・ルドルフ・ヒンデル(Max Rudolf Hinder, 1887-1963)は、1887年1月20日、スイスのチューリッヒで3人兄妹の長男として誕生しました。

ギムナジウム(中等教育機関)を卒業後、スイス国内の設計事務所で製図訓練をうけ、1907年から数年間ヨーロッパ各地で建築家としての実務経験を積んでゆきます。

1924年、彼は妻と共に来日、札幌で設計活動をはじめました。彼の来日のきっかけは、義弟が北海道大学予科のドイツ語講師として採用されたことで、妹が札幌移住をすすめたことにあったといわれています。

札幌で彼は、旧藤高等女学校校舎(1924年竣工、現・キノルド資料館 *1)、フランシスコ会札幌修道院第二修道院(1925年竣工、現存せず)、北星女学校宣教師館(1926年竣工、現・北星学園創立百周年記念館)などいくつもの建物の設計を手掛け、「北海道における近代建築の開拓者」といわれていました。

1927年10月、彼はより多くの活躍の場を求めて、神奈川県横浜市に自宅兼建築事務所を開設、1940年に帰国するまでに、天使の聖母トラピスチヌ修道院(1927年竣工、北海道函館市)、カトリック神田教会聖堂(1928年竣工、東京都千代田区)、南山学園ライネルス館(1932年竣工、愛知県名古屋市)など全国各地の学校・カトリック教会に足跡を残しています。

*1 現存するキノルド資料館は、解体後部分修復したもの。
xxx
旧藤高等女学校校舎(藤天使学園提供)
xxx
南山学園ライネルス館(南山アーカイブズ提供)

第2節 四谷キャンパス内のヒンデル建築

四谷キャンパスマップ 資料番号:ネガ1-0141_1932
上智大学全景(1932年)
(左手前から)SJハウス木造新館、アロイジオ塾新館、1号館(1961年) 資料番号:ネガSUP-A114
(左手前から)SJハウス木造新館、アロイジオ塾新館、1号館(1961年)
L号館、法学部校舎、上智会館 資料番号:ネガSUP-4x5_34
(左手前から)使用人住宅、SJハウス木造新館、アロイジオ塾新館、1号館(1961年頃)

1号館を含むヒンデル建築の建物群は、現在の正門(真田濠グラウンド側)から東門に至るメインストリート沿いに位置していました。現在残されているのは1号館のみとなります。ここでは、大学内にかつて存在したヒンデル建築の建物群を紹介してゆきます。

使用人住宅(1932年竣工、1962年解体)

使用人住宅平面図・立面図(1929年) 資料番号:図面-003-10
使用人住宅平面図・立面図(1929年)
使用人住宅 資料番号:ネガ1-0459
使用人住宅(1932年竣工)

現在の東門から紀尾井通りにかけての道沿いに建っていました。

SJハウス木造新館(1932年竣工、1961年解体)

SJハウス木造新館立面図(1930年) 資料番号:図面-004-8
SJハウス木造新館立面図(1930年)
SJハウス木造新館外観(1932年竣工) 資料番号:ネガSUP-A113
SJハウス木造新館外観(1932年竣工)

使用人住宅とアロイジオ塾新館の間(現在のSJハウス付近)に建っていました。ここにはイエズス会の神父が住んでいました。

アロイジオ塾新館(1932年竣工、1962年解体)

アロイジオ塾新館平面図(1930年) 資料番号:図面-003-2
アロイジオ塾新館平面図(1930年)
アロイジオ塾新館外観(1932年竣工) 資料番号:ネガ1-0437
アロイジオ塾新館外観(1932年竣工)

現在のSJハウス入り口付近に建っていました。1932年の1号館建設に伴い、そのそばに学生寮として建設されました。なお、赤星鉄馬(実業家)の旧邸もあわせて移築され「聖アロイジオ塾」と呼ばれるようになりました*2

*2 聖アロイジオ塾については、 第3回オンライン企画展「学生寮100年」の第1章「国際化の原点」 をご参照ください。