2005年度上智大学シラバス

◆環境経済学Ⅰ - (前)
鷲田 豊明
○講義概要
 環境経済学の基礎的な考え方や大きな枠組みを示すことを目的にする。特に環境政策の経済的手法の内容、あるいは優位性、環境の最適利用について詳述する。数学的な議論についてもある程度理解し、現実的な意味を把握できるようにする。
○評価方法
授業参画(50%)、レポート(50%)
○他学部・他学科生の受講

○授業計画
1環境問題の歴史と政策上の重点の変化
 明治維新直後の足尾鉱毒事件からすでに経済と環境の対立という問題が生まれていた。1960年代の「公害対策における経済との調和」が事実上経済優先になってしまったのは、「公害の時代」特有の事情があった。1980年代からの「地球環境問題の時代」は新しい質での「環境と経済の調和」が求められている。
2市場の効率性
 自由主義のインフラとしての市場は、効率的(パレート最適)な資源配分を実現するという優れた特質を潜在的にもっている。エッジワースのボックスダイアグラムなどによって、パレート改善、パレート最適性、さらに価格メカニズムが一般均衡の実現に果たす役割などを理論的に理解できるようにする。
3公共財としての環境、外部不経済としての環境問題
 環境は多くの場合、非競合性、排除不可能性によって特徴付けられる公共財としての特質をもっている。市場は公共財の最適配分を実現しないのと同様に、市場は環境という資源の最適配分に失敗している。それはまた、環境問題が外部不経済としてあらわれることも意味する。これらの関係を解説する。
4最適環境負荷とは何か
 環境利用からくる便益と被害が、適切に貨幣評価されるならば、最適な環境利用を定義できる。それは同時に最適な環境被害をあらわすが、被害をゼロにするのではなく、ある程度の被害を望ましいものとするところに、経済学特有の認識論が生まれる。
5ピグー税とボーモル・オーツ税
 最適環境利用を達成するための、経済政策手段として、最も基本的なものがピグー税である。(対応する補助金政策も同じ性質を持つ)ピグー税は被害評価が求められるが、実際は困難なケースが多い。そこで行政当局が目標とする環境水準を達成することを主目的にした税をボーモル・オーツ税と呼ぶことがある。
6コースの定理と法制度
 政治・法制度と経済学的な最適環境利用論との関連を示す。コースの定理は、環境の利用権が定められれば適切な交渉によって望ましい環境利用水準が達成されるというもの。部分均衡の枠組みでは交渉結果の環境利用水準は、最適環境利用水準に一致するが、一般均衡の枠組みでは必ずしもそのようにならない。
7直接規制と経済手法の効率性比較
 直接規制に比べ税や排出権取引は、最適環境利用を達成するために引き起こされる社会的費用を最小化するという意味で、優れて効率的な手法である。これは、経済学が環境問題に貢献した最も重要な理論であるといってよい。このことは同時に、自由主義的な環境対策の優位性を明らかにしている。
8排出権取引の理論と現実
 排出権取引は、税よりも優れた特質をもっている環境政策の経済手法である。京都議定書にも書き込まれ、すでにイギリスでは温暖化対策を意図した排出権取引が大手企業を中心とした自発的な取り組みとして開始されている。日本では、産業界の反対も根強く実現の可能性は現れていないが、環境税の向こうにあるものだともいえる。
9再生可能な資源の最適利用
 森林や漁業資源の代表される再生可能な資源は、それ自体が自然生態系の一部であり環境の構成部分である。再生可能な資源の過剰搾取は環境の劣化を招く。再生資源の動態の理論的表現、最大持続可能な産出と最適利用水準を理論的に示す。また、「コモンズの悲劇」ともいわれる、再生可能資源の問題もとりあげる。
10枯渇性資源の最適利用
 石油や石炭などに代表される枯渇性資源は、適切に採掘されれば、それ自体で環境問題を引き起こすことはない。しかし、その大量利用が温暖化ガスの排出などの環境問題につながっていく。枯渇性資源の場合、資源存在量の再評価が行われることによって、その全体量を簡単に把握しにくいという特質をもつ。
11「囚人のジレンマ」と環境意識
 ゲーム論の枠組みの中で語られる囚人のジレンマは、個々人が他者の決定を踏まえることなく自らの利益を求めることで、本来協調すれば得られるであろう利益を失う状況を描いている。個人の社会に対する不信があれば、自ら環境保全型の行動をとるよりも、環境のために何もしないことを選好する可能性がある。
12環境保全と社会選択論
 K.アローによって示された社会的な共同意思形成に関わる不可能性定理は、環境をめぐる行政と住民、住民と企業、住民同士の対立の源泉の一端を描いている。環境保全か、開発か、個人的利益の優先化を問う、ありふれた環境問題の状況を例にして、社会の共同意思形成の困難性を示す。
13環境自由主義と21世紀の環境政策
 21世紀の環境政策は「自由か環境か」をめぐって鋭い対立が現れること、その結果として個人の選択の自由、自発的行動の促進を重視した環境政策にならざるを得ないこと、市場をグリーン化することによって自由主義と両立する環境政策の必要性と環境経済学の重要性を説く。

  

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