第3回 教員エッセイ

Veritas

総合人間科学部教育学科 渡辺 文夫先生

2011.09.27

川西諭先生から渡辺文夫先生へのメッセージ

異文化との関係の在り方を心理学的に研究されてきた渡辺先生の問題意識や見識はグローバル化する現代社会を生きる私たちに有益な示唆を与えてくれるものと期待しています。

Relationship Precedes Essence:関係は本質に先立つ

総合人間科学部教育学科 渡辺 文夫

 川西先生、推薦のメッセージをありがとうございました。
 私が、40年近くもの間取り組んできたのは、①「異文化接触への方略」(「方略」は、英語のstrategyの訳語です。これまで心理学では「戦略」で はなく 「方略」と訳すことが一般的でした。最近の日本の心理学者の中には、「戦略」と訳す人たちも出てきました。)、②「異文化接触で問われるコンピテンス(資質)の研究とそれを高めるための教育法の開発と実践」、③「異文化接触研究のために使える、脳・神経系の可塑的形成研究に基づく新たな文化理論の構築」でした。これらについては、拙著「異文化と関わる心理学」(サイエンス社刊)、博士論文「異文化接触における認知的方略の研究-発展途上国への技術移転における事例的研究と異文化教育への応用をめざして-」と私の研究全体を世界中の人たちに知ってもらえるように英語で書いたモノグラフ “Relationship Precedes Essence. New Training Methods for Fostering Integrative Relationship Management Skills in Intercultural and Uncertain Situations in General.” (http://repository.cc.sophia.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/5728/1/Relationship%20Precedes%20Essence.pdf) にまとめました。
 このモノグラフは、世界中どこからでも無料でダウンロードできます。これをフィリピン大学の先生が授業で使ってくれました。ローマで開かれた、恵まれない青少年を世界各国で支援しているNGOのリーダーたちのグローバル研修でも使いました。
 また、1590年に蘇我理右衛門が創始者となった住友グループの歴史的基盤企業、住友金属鉱山と事業展開しているフィリピンの政財界のリーダーの一人、Manuel B. Zamora,Jr.氏が、このモノグラフの内容を高く評価してくれました。 彼が昨年夏箱根で住友の招待で講演をした際に、住友の図書館に、この英語のモノグラフと上述の「異文化と関わる心理学」を寄贈してくれました。

  彼は、雑誌FORBESでフィリピンの億万長者番付にいつも載る人物です。世界のビジネスの実践・研究、芸術、思想、科学技術、政治、経済、歴史、食文化に精通した弁護士であり知識人でもあります。彼が、私の研究を評価してくれたのは、次のような理由からでした。
 私の主な研究が、日本のグローバル企業の海外駐在社員を対象にした研究で、そこから得られた結果とヨーロッパの現代哲学を結びつけた論考は、「欧米日本の専門家たちがいっていることと、違うものだ。フィリピンと日本の間のいろいろな基本問題を解決する新たな方策になる。」

 私の研究結果の結論を一文で言うと、英語のモノグラフの主題にあるように、 「Relationship Precedes Essence(関係は本質に先立つ)」という考え方と実践をしている人が、グローバル化時代の世界の各エリア(地域)で直面する様々な問題によりよく対応している、ということです。この考え方と実践力を身につける教育方法を開発し、この30年ほどの間、日本、スウェーデンなどのグローバル企業の上級管理職や社員、JICAからの派遣専門家の研修を日本語や英語で実施してきました。

 6年ほど前に、サバーティカルで1年間、ローマに滞在しました。ヨゼフ・ピタウ先生からの紹介状をいただき、バチカンを訪問し、「ローマ教皇庁の平和戦略とカトリック大学の役割」について、勉強しました。先に紹介しました私の長年の心理学的研究が一段落したため、研究を始めた原点である「平和構築」に立ち戻り、この原点をマクロの視点から研究を始める準備のためのローマ滞在でした。その成果の一部は、神学部の山岡三治先生、宮本久雄先生、白百合女子大学学長山内宏太郎先生たちと研究会を2年かけて開催し、その結果をまとめ今年出版した『大学の智と共育-カトリック大学の未来を探る-』(教友社刊)となり ました。


 ローマでの勉強を元にもう一つ取り組んでいるのは、世界の人たちの共存共栄のためのStrategy(方略・戦略)教育の方法の開発と実践です。孫崎享元外務省国際情報局長(上智大学非常勤講師)と新聞学科の音好宏教授や他の上智大学の有志の先生方と一緒に、すでに公開学習センターで昨年秋学期から「教養としてのインテリジェンス」「戦略論の教育-共存共栄をめざして-」を開講し、その作業を始めています。
 ローマ教皇は、特に第2バチカン公会議以降、明確な世界平和戦略を様々な形で世界に発信してきました。核兵器が開発されたため、逆説的に世界が身動きが取れなくなった今、ローマ教皇の平和への方針の実現とカトリック大学の存在は、非常に重要な意味と役割を持っていると思っています。
 

<専門領域>
異文化間心理学、異文化教育学

<主な著作>
Fumio Watanabe 2005 Relationship Precedes Essence. New Training Methods for Forstering Integrative Relationship Management Skills in Intercultural and Uncertain Situation in General.

渡辺文夫 『異文化と関わる心理学』サイエンス社、2002年、82頁。
渡辺文夫(編著)『異文化接触の心理学』川島書店、1995年、241頁。
渡辺文夫(編著)『異文化間コンフリクト・マネジメント』至文堂、1993年、207頁。
渡辺文夫・高橋順一(共編著) 『地球社会時代をどう捉えるか:人間科学の課題と可能性』ナカニシヤ出版、1992年、202頁。 
渡辺文夫 『異文化のなかの日本人―日本人は世界のかけ橋になれるか―』淡交社、1991年、182頁。

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