第12回 地域便り

Global Veritas

ルワンダ便り 佐藤宏美さん 2000年卒業(大学・外国語学部英語学科)

2014.01.10

ムラホー(こんにちは)!

東アフリカ、内陸国のルワンダ共和国に赴任して早1年が過ぎようとしています。JICA(国際協力機構)が派遣する「青年海外協力隊」の現地調整業務に関わり始めてから既に5年。ルワンダは私の二回目の赴任国。2009年、初めて赴任したのはルワンダの隣国、ウガンダでした。観光業が盛んなケニアやタンザニア、世界遺産やアラブ世界が広がるエジプトやモロッコ、ワールドカップ開催地の南アフリカ。ウガンダもルワンダもそれらアフリカの有名国に比べれば、あまり日本人にとってなじみがないかもしれません。しかし現在ウガンダには300名以上、ルワンダでも80名以上の日本人がこの国々の発展のために汗を流しています。 

丘陵ばかりで農地がないルワンダは
どこまでも開墾されています

ルワンダは日本の四国の1.5倍ほどの小さな小さな国です。しかし、人口は1,000万人、実はアフリカで最も人口密度が高い国。気候は温暖で、乾季でも30度を越すことはあまりなく、雨季になると一気に寒くなり毎日長袖。水と緑に囲まれた、「1000の丘」を持つ自然豊かな国です。

  

この小国が世界中の注目を集めたのは、1993~94年のツチ族・フツ族間の民族紛争が起こった時。

1週間で100万人、それ以上ともいわれる人々が殺されました。しかし今この国は、その悲しい負の歴史を払拭するかのように目覚ましい経済成長を遂げ、「アフリカの奇跡」とも呼ばれるようになりました。

水汲みは子供のお仕事。
水道のない地域では4キロほど歩いて
川や池の水を汲みにいきます。
「写真提供:今村健志朗」

現在ルワンダには36名の青年海外協力隊が活動しています。安全な水へのアクセスをかなえるために井戸の管理を住民とともに行う隊員、次世代のリーダー達に学校で理科や数学、コンピューターや専門的スキルを教える隊員、まだまだ農業技術が発達していないこの地で、稲作や野菜の栽培技術を農家に教える隊員、いろいろな隊員が試行錯誤しながら、言葉の壁も乗り越え毎日奮闘しています。そんな彼らの姿を見ると、「日本人て本当にすごいなぁ。無償でなにかをしてあげたいという思いは、日本人の特性ではないか」といつも感動しています。多くの人に、ルワンダだけではなく、世界各国で活動する青年海外協力隊の姿を見てもらいたいといつも思います。

今、実はこの国には上智大学の卒業生が私を含め、4人います。協力隊に1人、大使館に1人、JICAの教育プロジェクトを進めるコンサルタントに1人。「同じにおい」というのでしょうか、一緒に話していると「外堀で・・・」、「しんみちで・・・」、「式はクルトゥルハイムで・・・」などというキーワードが出てきて、「あなた、上智でしょう?」となりました。

私が住む首都キガリは電化が進み、夜の夜景も綺麗です
「写真提供:今村健志朗」

偶然4人とも外国語学部なのですが、外国語ができることはあまり重要ではなく、どれだけ相手に伝えたいこと・伝えたい気持ちがあるか、それに尽きるとアフリカにきて6年目、よく感じます。そもそもルワンダは2008年に公用語に英語が加わり、義務教育がそれまでのフランス語から英語で行われるようになったばかり。

地方に行くともう英語は通じません。フランス語も通じるのは老人だけ。最終的にこの国の「キニャルワンダ語」だけが頼り。

協力隊員も決して全員が語学に堪能なわけではないのですが、彼らのコミュニケーション力には頭が下がります。ジェスチャーを使って、時に笑顔、時に困った顔で、相手に自分の気持ち・要望を伝え、笑いを取っていく姿は本当にたくましく、また「日本人て本当にすごいなぁ」と感動してしまうのです。

お伝えしたいことがありすぎて、とりとめのない文章になってしまいましたが、ウガンダ、ルワンダだけでなく、アフリカには本当に知られていない国が多いと思います。恥ずかしながら、私もこちらに赴任して知った国名も少なくありません。でもルワンダを一つあげてみるだけでも、他のアフリカの国とは違う、豊かな文化、ユニークな国民性、大国の支配に翻弄されてきた悲しい歴史、そして美しい自然があります。2013年6月には、第5回アフリカ開発会議が横浜で開催されたばかり。ちょっとだけ、「アフリカってどんな地域?」と、この文章を読んで興味を持っていただけたら幸いです。

佐藤宏美(2000年卒業 大学・外国語学部英語学科)

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