第1回 教員エッセイ  

Veritas

総合人間科学部社会学科 教授 藤村 正之先生

2011.04.20

 ゆたかな社会=時間不足社会? ― 生活時間の社会学 ―

総合人間科学部 社会学科
藤村正之

 私は自分自身、無口なほうかと思っています(一部に笑)。しかし、職業的義務のため、授業の90分間しゃべりまくっているので、学生たちはそれを信用してくれません。自己評価と他者評価のズレは世の常というところです。私の24時間を考えると、寝ている時間はもちろんそうですが、やはり1日の中でしゃべっていない時間のほうが長いのです。いや、しかし、はたと考えてみると、私がしゃべっていないというのも、文系の研究者としてひとりで仕事をする時間が長いので、話す相手が周囲にいないだけだとも考えられるのでした。つまり、私が無口なのではなく、話をしない環境にいる時間が長いということなのかも…。実は、社会学の発想の一つもそのようなところにあり、その人の考え方や行動の本質だと本人や他者が思っていることも、実際には社会環境・社会関係の産物だとして理解してみようという特徴があるわけです。心理学が人の内部に要因を求めるのに対し、社会学は人の外部に要因を求めるのであり、二つの学問はコインの裏表でもあります。

 さて、そんな社会学の中で、私は「生活の社会学」や「〈生〉の社会学」といった領域に関心をもって研究を進めています。授業では、日常生活や消費行動・人間関係の社会的変容に着目する「ライフスタイルの社会学」、人の一生が時代ごとに受ける影響の違いを考える「ライフコースの社会学」、人々の生活の保障への社会的対応を考察する「計画と政策の社会学」などを講義しています。これらのテーマと関連し、近年私が理論的・実証的に取り組んでいるのが「生活時間の社会学」です。

 哲学や自然科学ならいざ知らず、時間が社会学の対象になるのかとお思いになるかもしれません。しかし、現代社会において時間は貨幣とならぶ希少な資源であり、時間配分や使い方も性・年齢・職業など社会的要因により大きく異なります。そもそも私たちが他者と過ごしたり、活動をするためには、その場に一緒にいる時間をあわせなければなりません(時間の共時化)。文系研究者に特有のひとり仕事が多いことで、他の方々と共時化する時間の少ないことが、私の無口の要因と見込まれるのでした。そして、人々のそれらの時間への関わり方には社会的規範の影響力も作用してきます。授業に平気で遅刻してくる学生も、恋人とのデートはどうか知りませんが、アルバイトには絶対遅れません。同様に、音楽家は聴衆を必要とするので、時間に遅れないともいわれます。翻れば、「時間厳守」という規範が先になければ「遅刻」という概念そのものが成り立ちません。時間はそのような社会環境の一つとして存在しており、そこに社会学が取り組める理由もあることになります。

 高度成長期以降の日本はゆたかな社会を実現してきました。ゆたかな社会になれば仕事時間が減少し、自由時間が増加するというイメージがあります。しかし、どうもゆたかな社会は私たちを多忙化させているように見えます。実際には、ゆたかな社会たる高度産業化は私たちの仕事時間の増加によって支えられています。すると今度は仕事時間の増加により、自由時間が減少するはずです。しかし、ゆたかな社会を象徴する各種の消費行動、おいしい食事、熱中するゲームやウェブ、楽しい海外旅行のためには時間を使わざるをえず、これまた自由時間も減少しませんでした。減少したのは必然的に残りの生理的必要時間であり、とりわけ睡眠時間でそれが目立つことになりました。グローバル化がそれに拍車をかけています。球体たる地球のどこかで人々が活動している以上、海外との仕事は24時間化し、翌日の朝起きの心配をよそにW杯やMLBのスポーツ中継は深夜・早朝の私たちを熱狂させてくれます。時間という観点からは、ゆたかな社会は、結局私たちを寝不足にしたというわけです。
 19世紀半ばにE.エンゲルは貨幣と消費行動の連関(エンゲル係数)に着目することで、個人や家族の生活の実態に接近していきました。21世紀を生きる私たちは、貨幣だけでなく、時間とその使い方、自由時間での行動のあり方に着目することで、ライフスタイルの実態や階層・性別・地域などの差異の実態に迫りうるのではないかと考えられます。そして、ゆたかな社会から格差社会への変容は、時間不足社会も変化させるのか。生活時間の社会学に取り組む意味も、ワーク・ライフ・バランスという課題を具体的数字で検証するなど、そのような時代診断をするところにもあるといえるでしょうか。皆さんも、主観的な多忙感やゆとり感がどのような社会環境から出てくるか、自分の1日・1週間の時間配分、家族や友人・仕事仲間と過ごす共時的時間、そして子育てや介護の時間をチェックしてみませんか。   
藤村研究室から迎賓館方向をのぞむ
                                                                                                                                                               

〈専攻領域〉
生活の社会学/福祉社会学/文化社会学

〈主な著作〉
藤村正之『〈生〉の社会学』東京大学出版会、2008年
藤村正之『福祉国家の再編成』東京大学出版会、1999年
長谷川公一・浜日出夫・藤村正之・町村敬志『社会学―New Liberal Arts Selection』有斐閣、2007年
藤村正之編『講座社会変動9 福祉化と成熟社会』ミネルヴァ書房、2006年
嶋根克己・藤村正之編『非日常を生み出す文化装置』北樹出版、2001年
富田英典・藤村正之編『みんなぼっちの世界』恒星社厚生閣、1999年

 

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