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ニュース 第4回「人間の安全保障と平和構築」 2017年 6月 27日 実施報告

第4回「人間の安全保障と平和構築」 2017年 6月 27日 実施報告

2017年6月27日(火)午後6時45分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」(第4回)が、上智大学四谷キャンパス2号館17階の国際会議場で開催されました。

この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生と市民、外交官や国連職員など、多様な参加者が、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。

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第4回目は、塩崎恭久厚生労働大臣(元官房長官、元外務副大臣、衆議院議員)が、「人間の安全保障と保健外交」をテーマに講演しました。

 会の冒頭で、曄道佳明教授・上智大学学長が挨拶し、本学においては、国際協調や国際貢献などのテーマを中心に、セミナーやシンポジウムなどが、年間100本以上開催されていることを紹介しました。また本学では現在、交換留学等で年間1000人以上の学生が海外で学び、1500人以上の留学生が上智で学んでおり、グローバル化が進展しています。曄道学長は、この連続セミナーのテーマである「人間の安全保障」や「平和構築」という概念が、本学の教育の理念や教育方針と極めて合致している点を力説し、セミナーやシンポジウムも含め、授業だけでなく色々な刺激を受けることができる環境を、学生に十分に活用してほしいと期待を述べました。

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曄道学長

 その後、本セミナーの主催者で、司会も務める東大作准教授が塩崎大臣を紹介しました。塩崎大臣は、長く日銀に勤めた後、1993年に衆議院議員に初当選、その後外務副大臣や内閣官房長官などを歴任され、現在、厚生労働大臣として活躍しています。人間の安全保障やUniversal Health Coverage(UHC)などに関して、塩崎大臣自らがイニシアチブをとり、様々な政策の実現に取り組んできました。

 塩崎大臣は、講演で主に3つの事例を基に話を展開しました。1点目は、エボラ出血熱についてです。自らの経験を振り返りながら、世界がこのような感染症危機にどう対応し、そして日本がどういう役割を果たしてきたのかについて述べました。2点目は、Universal Health Coverage(以下UHC)についてです。このUHCについて、日本がどんな貢献をし、これからどのように貢献するべきかについて言及しました。最後に、薬剤耐性(AMR)への対応強化についても述べました。

まず塩崎大臣は、国際的な保健分野の会合や会議に、これまで日本の政治家や大臣が、国会日程の都合などもあって、自ら出席することが極端に少なかった事実を具体的に述べ、「政治は現場にある」として、これを克服する必要性を強調しました。

 エボラ出血熱については、2013年から14年にかけて感染が拡大し始め、2014年8月にWHOによって緊急事態宣言が行なわれました。しかし、WHOは2年間ごとに予算を決めるため、緊急事態が起きた時には予算が残っておらず、2015年1月の理事会においてようやく基金をつくることが決められ、その後5月の総会で正式決定されました。WHOの対応が非常に遅く、3万人近くが感染し、約1万2千人が死に至ってしまったことから、世界各国から、WHOの組織の改革の必要性が指摘されるようになりました。

 また塩崎大臣は、「日本は金を出したけど、他国と比べて人を出していない傾向がある」ことについて、懸念を表明しました。エボラ出血熱の対応では、世界各国から、何千人単位の専門家が感染地域に派遣されたのに対して、日本からは20人の専門家がWHOミッションに派遣されただけで、しかもこれは延べ人数であり、同じ人が何度も行き来していることも指摘し、人的な貢献をこれから一層強化する必要性を強調しました。

 また、WHOの見直しを行った委員会の提言において、WHOはロジスティック管理ができていないなど、数多くの批判がなされ、新たにGlobal Health Architecture(GHA)を作り直す必要性が世界的に議論されました。そのため2016年4月に日本が主催して、関係機関によるGHA強化に向けた会合を行い、合意がなされました。そして、今後WHOが対処できないような事態に陥った際には、国連事務総長をトップにWHO危機対応部局と国連人道問題調整事務所が対等な立場で連携し、必要に応じて、WFP、UNDP、UNICEF、FAOをコーディネートするという仕組みが作られました。このフレームワークは日本が主導して在ワシントン日本大使館で決まりました。そして、第71回国連総会「国際保健と外交」の決議の中で、このフレームワークが文言として盛り込まれました。

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塩崎大臣

 さらに、WHOは、2016年5月に健康危機管理部門を新たに設置することを決めました。塩崎大臣は、WHOが、7月に着任した新事務局次長の下、本部、地域事務局そして国事務所の三つのレベルの指揮命令系統の統一を含む「One WHO」の実現に向けて取り組んでいることを紹介しました。

 また、日本は、「感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)」の設立に貢献しました。CEPIは2017年1月に正式に発足し、世界的に重大な影響を与える可能性が高いものの、平時において需要が少ないエボラ出血熱等の感染症へのワクチンの国際的な研究開発の推進を目的としています。

 2点目の、Universal Health Coverage(UHC)とは、「すべての人々が、必要とする質の高い保健・医療サービスを、支払いのために経済的に苦しめられることなく確保している状態」であり、これは2005年の5月の世界保健総会決議にて、定義が確立されました。今年12月には、東京でUHCフォーラムが開催されます。塩崎大臣は、そのフォーラムが開催されるまでに、ASEANと日本が保健の分野での協力関係を強化するべきであると力説し、今月(7月)にASEANの保健大臣と「高齢化とUHC」というテーマで会合を開催する旨を述べました。

 最後に、塩崎大臣は薬剤耐性(AMR)への対応強化について論じました。現在、抗生物質に勝つ細菌(耐性菌)が増えているにもかかわらず、新しい抗生物質がここ20年作られていない危険性を指摘し、今後具体的に対応策を検討することが重要だと締めくくりました。

 コメンテーターの赤阪清隆氏 (公益財団法人フォーリン・プレスセンター理事長、元国連事務次長)は、1993年から97年まで外務省からWHOに出向していた経験について述べ、1995年の旧ザイールにおけるエボラ発生の事例を紹介しました。当時は、現場から緊急支援の要請が入った3日以内にチームが派遣され、アメリカのCDCと協調して10名近くの専門家がフィールドに赴き、エボラの拡大を食い止めました。その時にリーダーシップをとったのがWHOの事務局長だった中嶋宏さんだったと赤阪氏は強調しました。この対応との比較から、赤坂氏は、2014年のエボラ発生時におけるWHOの対応が非常に遅かった点を批判しました。WHOは3月に要請を受けたのに、8月にようやく緊急事態宣言をしたからです。

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東教授、塩崎大臣、赤坂氏

 また、「決議」を作る作業よりも、決議を作った人が主体的に事態を収束するために動く覚悟があるかが重要であると力説しました。東ザイールでコレラが発生した際に、UNICEF、WHO、国連の機関が連携に手間取り、充分に機能できなかった点を指摘しました。また赤阪氏は、グローバルな感染症に対しては、実力と経験と意欲を持った専門家集団でなければ対応できないとし、その意味で国際機関に日本人が少なすぎることが、残念で仕方ないと述べました。また、国際機関には、本当に苦しんでいる人のために全身全霊を尽くして働こうと意欲を持った人が少ないことを指摘しました。そのため、責任感があり、与えられた仕事を真面目にやり、奉仕する精神(自分の利益より公の利益を大切にする)を持った日本人に国連でもっと働いて欲しいと強調しました。また、アメリカがWFP、UNICEFや世銀のトップを死守しようとする様に、日本も得意とする保健外交を活かし、WHOのトップを狙うべきであると力説しました。赤阪氏は、日本にいる人材を有効に活用し、「外務省や厚生労働省などが単独で動くのではなく、各省をまたぐ総理官邸に国際機関のトップを狙う戦略をとる司令塔が必要である」と述べました。

 講演後、学生や外部の方々から多くの質問が寄せられました。「女性にターゲットを絞った保健分野での支援としてどのようなものがあるか」という質問に対し塩崎大臣は、乳児死亡率と妊産婦の死亡率をいかに下げるかは、非常に重要な課題だと力説しました。その解決策の1つとして、日本は現在、妊婦側の健康と子供側の健康を見ることができる母子手帳を広める活動を積極的に行っていることを紹介しました。

 最後に司会の東准教授が、「なぜ日本がアフリカの平和構築に携わる必要があるのか」という素朴な疑問について、エボラ出血熱の問題を例に話をしました。2014年にエボラが発生したリベリアやシエラレオネは、長年内戦に苦しんできた国ですが、1999年ごろから国連PKOの派遣を含めた平和構築支援の結果、2013年ごろまでには一定の平和が確立されていました。だからこそ、2014年の段階でエボラ出血熱が発生した時、人道機関や専門家が現地に乗り込み、大規模な支援を行うことで、曲がりなりにも1年半ほどで終結させることができました。もし、エボラが発生した段階でまだ両国が戦争状態であったら、海外からの支援が十分に入れず、世界中にエボラが拡大していたリスクが十分あると東氏は論じました。その意味で、たとえ日本から遠い国であっても、戦争が続いていることを放置することは、長い目で見れば日本にも影響があることを指摘し、日本が、アフリカにおける平和構築などにも関与していく重要性を述べました。

また東氏は、トランプ政権が多国間主義の枠組みから離脱する動きを強め、代わりに中国が色々な多国間の枠組みをリードしようとしている現在、日本の国際社会での役割として、国境を超えるグローバルな課題の解決に向けて、色々な国や国際機関、NGOなどが一堂に会し、情報や課題を共有し、共に解決策を探し、その解決策を実行していくプロセスをリードする「グローバル・ファシリテーター」としての役割を担うべきではないかと論じました。そして、WHOの機構改革のために塩崎大臣が果たした役割は、まさにそのような模範例ではないかとして、会を締めくくりました。

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 会場には、学生に加え、保健分野の専門家や国際機関のスタッフなど150人近くが集まり、会の終了後もあちこちで熱心な議論が続きました。

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