文化や伝統的習慣を理解しつつ、妊産婦の安心や安全を守りたい

妊娠や出産の伝統的な習慣が残るなか、伝統的な慣習と現代医学のはざまで、妊産婦のよりよいケアを思考し続けているラオスの助産師。現地で助産師の姿を調査してきた看護学科の佐山理絵准教授が日本の助産師に期待する役割とは。

かつてお産は地域の人々の手助けによって行われていました。こうした歴史の中で、安産や産後の回復を祈願するさまざまな儀礼や習慣が生まれました。私は伝統的な習慣が残る東南アジアの国々を対象に、現代医学とのはざまで、助産師がどのように妊産婦を支援しているのかを研究しています。

とくに力を入れてきたのがラオスです。きっかけは20代のとき、助産師として青年海外協力隊に入り、現地の病院で活動していたときに起きたある出来事です。妊婦健診を担当していた女性が自宅で出産をした後、体調不良をきっかけに亡くなったという知らせが入りました。驚いて自宅を訪問したのですが、すでに荼毘に付されていて、私はそこでユーファイとカラムキンという昔ながらの出産にまつわる習慣について深く考えました。

研究のきっかけは妊婦健診を担当していた女性の死

ユーファイは産後数日~1か月間、炭火のそばや炭火の上にベッドをしつらえ、過ごす習慣です。子宮の回復を早めると信じられており、この間は一切の外出が禁じられています。カラムキンは食べるものを一定期間、制限する習慣です。

先の女性は産後の回復が悪かったのですが、ユーファイの期間中で病院を受診できなかった。亡くなったのは、ユーファイが終わり、病院に行こうとしていたその日のことでした。これを聞いた私はショックでその場に立ち尽くしてしまいました。

そこから、ラオスの助産師は妊産婦にどう対応し、ケアをしているのかをきちんと調べたいと思いました。日本に戻って大学院に入り、研究者として再度、ラオスに赴きました。病院の協力を経て、助産師や妊産婦さんにインタビューを行いました。ラオス語を使い、現地にとけ込むように努力しました。こうして日本とラオスを往復しながら研究論文をまとめたのです。

日本の助産師にもっと活躍してほしいという願い

日本は病院など医療機関での出産が中心であり、助産も基本的には現代医学のエビデンスにもとづいて進められています。このため、助産師が妊産婦の生活や出産に対する文化的な背景に深く介入することは少ないかもしれません。しかし、かつては自宅での出産が主であり、からだの相談から心の不安などにもきめ細やかに対処していました。地域の慣習や伝統的な儀礼についても理解し、全人的なケアをしていたのです。

私は現代においても、助産師がもっと、妊産婦の生活や文化的な側面にも支援できるようになれたらと思います。研究を通じてこうして考ええてきたことを教育現場で伝えていきたい。これが自身の研究を社会に役立てることでもあると考えています。

また、妊産婦の慣習などについて民俗学による研究はありますが、助産師がその医療専門職としての観点でまとめたものは少ないといえます。こうした背景もあり、妊娠や出産に関する伝統的文化的な内容の記録を残す、という使命感を持ちながら、研究を続けていきたいと思います。

この一冊

『風の谷のナウシカ7巻』
(宮崎駿/著 徳間書店)

異形の生態系に覆われた終末世界を舞台に、人と自然の歩むべき道を求める少女の姿を描いた作品。最終巻が出たのは高校生のときです。ナウシカのように生きていきたい、という思いがずっとあります。

佐山 理絵

  • 総合人間科学部看護学科
    准教授

東邦大学大学院看護学研究科博士課程修了。青年海外協力隊(助産師)としてラオスに赴任。東邦大学看護学部、厚生労働省、帝京平成大学ヒューマンケア学部看護学科を経て、2021年4月より現職。日本助産評価機構理事や日本看護協会助産師職能委員会副委員長としても活動。

看護学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University