上智大学

大学案内 イグナチオの死とその後のイエズス会

イグナチオの死とその後のイエズス会

イグナチオの死とその後のイエズス会

イエズス会が創設されて、会員が手掛けたのは学校経営でした。その教育方針は前述したように『霊操』の精神に基づく人格形成です。このような教育方針に基づく学校をイエズス会はコレギウム(collegium)と称して一般の青少年の教育に携わりました。

学校の経営はシチリアのメシーナを皮切りに、イタリア全土、スペイン、フランス、ドイツで設立しましたが、これらのコレギウムは皇帝、諸侯、自由都市の市議会、高位聖職者等からの依頼によるものです。1548年にメシーナ学院を創立してからイグナチオが帰天した1556年までの8年間に31校のコレギウムを設立し、そこで教育にあたる会員は1,000人にのぼっていました。イグナチオはその年の1月ごろから健康を害していましたが7月31日に亡くなりました。65歳でした。

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