上智大学

大学案内 文科系に加えて理工学部の増設

文科系に加えて理工学部の増設

文科系に加えて理工学部の増設

創立50周年記念祭
創立50周年記念祭

さて次の計画はさらに膨大な費用を要しました。その計画は理工学部を増設するということです。まず現在の3号館の一部とホフマン・ホール、そして11号館と、上智紀尾井坂ビルに至る敷地を購入して1962年に3号館を完成、同年1月には理工学部が増設の認可を受けました。この費用はケルン大司教区と国内の学生の父母・卒業生を始め篤志家の寄付によるものでした。

さらに1969年には、6、7号館を建設しました。これより先1962年には神奈川県秦野市におよそ8万坪の土地を購入して総合グラウンドを開場、1973年には上智学院の経営による上智短期大学を創立しました。さらに1975年には市谷キャンパスを改装して外国語学部日本語・日本文化学科(1987年、比較文化学部に)を増設しました。一方、四谷キャンパスも 1971年以降、体育館、8、9、10号館、カフェテリア、ホフマン・ホールを完成、83年には、念願の中央図書館・総合研究棟が完成しました。

上智大学が本来の大学としての機能を果たすためには、ニューマン枢機卿が『大学の理念』で述べているように、大学として充実した研究機関を持ち、あらゆる学問分野が設置されているものでなければなりません。視野の広い人間を育成するため、いくつかの学部を持つ総合大学を築きあげることは、上智大学を創立した人々の遠大な希望でした。それが実現したのです。

私たちは、創立以来、上智大学のために尽力された教職員、関係者、そして物心両面から上智大学を支えてくださった数知れない篤志家たちに感謝しなければなりません。長い歴史の中で、すでに亡くなられた人々も数多くおります。その亡くなられた人々、先哲に感謝するため、上智大学は毎年、11月2日の先哲祭に教会で祈りを捧げております。キリスト教の精神を基盤とした上智大学は、人間を愛し大切にすることを建学精神の一つとしているのです。

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