上智大学

大学案内 2021年度 学位授与式 式辞・祝辞(2022年3月28日)

2021年度 学位授与式 式辞・祝辞(2022年3月28日)

 上智大学長 式辞 

曄道 佳明 上智大学長

皆さん、ご卒業誠におめでとうございます。また、ご父母、ご関係の皆さまにも心よりお祝い申し上げます。この喜びの分かち合いの一方で、コロナ禍の最前線で医療にあたられている方々、困難に向き合われている方々など、私たちが常に念頭に置くべき方々の存在があります。社会の早期の回復を強く祈念するものであります。
 
本日学位を受けられる皆さんは、学生生活の半分を、あるいはそのほとんどをコロナ禍への向き合いの中で過ごされてきました。この2年間、全世界がこのコロナ禍への対応を迫られ、私たちの日常は激変し、経済は激しい浮き沈みにさらされ、政治は難しい判断を迫られる、そのようなニュースに埋もれんばかりの日々であったように思います。グローバル化による新しい社会が方向付けられ、その進展は国際社会に新たな展開をもたらすかに思えましたが、このコロナ禍は、私たちに改めて国境の存在を突き付けました。人間社会の持続、発展の在りようとは、人間の根本的な、本質的な営みに依拠すべきものであるのだと再認識させられました。
 
大学、大学院に在籍する学生生活は、皆さんの人生の中でも短期間です。そしてそれは人生の助走区間、あるいは加速区間であるはずです。皆さんの学生生活は、数年前に皆さんが想定したものとは異なる時間であったでしょう。私たちは、常に計画的に人生を歩めるわけではありません。家族、仲間、周囲の支援を得て、そして身近な、あるいは国際社会の変化、変貌の中で、絶えず人生をデザインしながら、そして人生を展望しながら、歩を進めていきます。時に助走し、時に加速し、そして時に安定志向で進むその行為は、必ずしも外的環境との同調が計られるものではありません。そして予期せぬ周囲の変化への対応こそが、人生の腕の見せ所、言い方を変えれば私たちの個性の発揮のしどころだとも言えるでしょう。皆さんが、この上智大学で、仮に計画通りとはいかなくとも、自分に納得のいく助走を、加速を果たしていただけたことを心から願うものです。
 

折しも、このコロナ禍の出口戦略がまだまだ描ききれない中で、世界の平和を揺さぶる戦禍の勃発を目の当たりにしました。コロナ禍同様に、ヨーロッパという一地域の問題ではなく、全世界が政治的、経済的な影響を大きく被ることになるでしょう。コロナ禍と戦禍、地球上に存在するこれらの憂いを、私たちはまさに現実として直視しています。歴史に学ぶのではなく、私たちが時代の証言者となろうとしています。私たちが築き上げてきた社会は、いまだに人間の尊厳さえも安定的に維持できない未熟なものであったのだと再認識せざるを得ません。

このような状況で、私は皆さんに、今一度上智大学の教育精神、“For Others, With Others”の意味する価値観、倫理観に思いをはせていただきたいと思います。

先ほどカトリック・イエズス会センター ホアン・アイダル神父からマタイによる福音書の一節【注】が紹介されました。「私が飢えていた時に食べさせてくれた」行為とは、他者すなわち弱者に対する私たちの向き合いの意味を示しています。それをイエスは「私にしてくれたことなのである」と説いています。私たちが、他者に寄り添う気持ちによって、その行動を起こせば、その一つ一つは社会全体に及ぶ大きな行為であると説かれているように思います。皆さんはまず皆さん自身のあるべき姿について考えてください。ソフィアファミリーの一員として、For Others, With Othersの精神に裏打ちされる皆さんの生き方こそが、この人間社会の歩み方そのものを牽引するのであろうと思います。

近い将来に、皆さんとキャンパスで語らい合うことを楽しみにしています。激動の時代にあって、今この時の時代の証言者が、その後の歩みを振り返りつつ、来たるその時の自分を、社会を、地球を語り合う、これは実にエキサイティングなイベントではないでしょうか。そのときに、お互いの歩みを披露しつつ頷き合いたいものです。私たちがこの社会を生きる拠り所は、やはり、For Others, With Othersの精神にあったのだと。

ご卒業、誠におめでとうございます。


2022年3月28日
上智大学長 曄道佳明

【注】マタイによる福音書 25章34b~36節、40節
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた〕
「王は言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」

上智学院理事長 祝辞

本日 晴れて学位授与式を迎えられた学部卒業生、研究科修了生の皆さん、また1年の課程を終えて修了式を迎えられた助産学専攻科修了生の皆さん、おめでとうございます。また会場ならびにオンラインでこの式典にご参列くださっておられるご家族や保証人、関係者の皆様にも、お祝い申し上げます。この喜びの時を迎えて、皆様の心には上智での学びと研究の生活を振り返り、さまざまな思いがよぎっていることと思います。

皆さんが過ごされた過去の二年間は新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの影響が重くのしかかっていた期間でした。近年誰も経験したことのない事態がしかも世界全体に広がり、大きな困難や変化が日常生活にまで及んでいます。皆さんは、登校しての講義の受講や実験、演習、課外活動が大幅に制限され、学外施設での臨地実習が学内での実習に切り替わるなどの困難を乗り越えて、今日、学位授与式を迎えておられます。今皆さんは、ご家族や多くの関係者の皆様からの支援もあったことも、感謝とともに思い起こしておられることでしょう。

地域によっては厳格な感染症対応が緩和され、日常生活が戻る希望の兆しが見えますが、しかし世界の地域によって感染症対応策の格差が厳然とあり、それが今後も変異株の発生を生むなど、パンデミックの解決は程遠いとも言われています。自己防衛に走るパニック状態が収まり、使用可能な医療資源を分かち合うことで初めて、今見え始めている希望の兆しは真の希望へとつながるでしょう。

他方で戦争など暴力による自己実現の動きに私たちの心は悲しみに満たされています。力による対決ではなく、対話により、すべての人の人間としての尊厳を守ることではじめて、持続可能な平和が可能となるはずです。しかし暴力が暴力を生み、復讐が復讐を呼ぶという流血の連鎖は、人々の願いとは裏腹に、過去にそうであったように、今も変わらないのが現実です。対話には相互に他者を尊重し、理解に努めるという、一種の「分かち合い」が必要です。そして、私たちが生きている世界で、平和という希望は単なる儚い夢に過ぎないのだという、悲観的な判断に陥る誘惑が強くなることも恐れなければなりません。しかし単なる夢と真の希望とを区別するべきでしょう。

単なる夢とは、現実離れした希望、到底実現不可能と分かっていてもそれには目を閉ざしているような希望のことです。真の希望は、実現を目指す対象が真に価値あるものであり、実現のためには困難が伴うことを冷静に自覚した上で、全身全霊をかけることができるものです。真の希望は人間が人間らしく生きる時に、その人を内面から導き、行動へと促すものです。言い換えれば、価値あるものに気づき、それを目指そうとして、こころの内側から促されて生きる人は、どのような困難にも揺るがない希望を知っています。「謙虚とは無気力の謂ではなく、無限を知ったことから生れるポジティブで、希望に溢れて生を形成する感覚です。」最近退任したドイツのアンゲラ・メルケル首相がその著書『わたしの信仰』に記した言葉です。無限なものに気づく人は自己の限界を謙虚に受け入れる。萎縮するどころかかえって希望に溢れて生きることができる、という言葉です。

上智を卒業、修了される皆様は、「他者のために、他者と共に」生きる人となって母校を巣立っていかれます。「他者のために、他者と共に」生きることと、謙虚で希望に支えられた生き方とは軌を一にしています。他者は私とは異なるものであり私と同じ尊厳を持つものです。そのことを受け入れ尊重するという謙遜さを「他者」は私に求めます。それと同時にこの謙遜は、共に生きるという希望を私たちに開いてくれます。この希望の実現がどんなに困難に思えようと、私たちのこころに常に燃えている希望の火はこれからも燃え続けるでしょう。人々が、人類が、共に生きるようになる日まで。

今日母校を卒業、修了される皆様には、上智の精神「他者のために、他者と共に」をそれぞれの場で生きてくださることを期待いたします。そしてまた、皆様の働きをとおして全世界、地球全体に生命が溢れる祝福がもたらされますように、祈願しています。

本日はご卒業、まことにおめでとうございます。
 
 
2022年3月28日
学校法人上智学院理事長 佐久間 勤

上智大学ソフィア会会長 祝辞

皆さん、ご卒業大変おめでとうございます。ソフィア会の会長を務めております鳥居です。新型コロナ感染の影響で、卒業式の開催が心配だったのですが、佐久間理事長、曄道学長始め大学関係者のご尽力のお蔭で、こうして皆さんに直接お会いし、ソフィア会を代表してお祝いを申し上げることが出来ることを大変嬉しく思います。

私は今から52年前に上智大学の外国語学部で勉強をしました。皆さんのご両親がお生まれになる前になりますでしょうか。クラブ活動はESSに所属しました。ESSの顧問で英語学科教授だったフォーブス神父様が、ご自分の持っているすべての時間を生徒のために与えている姿を見て、自分も他者のために尽くすことができる人間になりたいとの思いを持ち、今日まで社会人生活を送って来ました。上智大学の精神 “for Others, with Others”の実践に努めて参りました。

52年前に卒業した卒業生のための金祝という式典が先月開催されました。結婚50周年の金婚式と同じような感じですので凄いことです。ちょうど私の年次でしたので、もちろん私も参加をいたしました。新型コロナの影響で2年間延期になったのですが、曄道学長のご英断でこのキャンパスで開催され、皆さんの大先輩が、思い出が一杯詰まった四谷キャンパスに戻ってきました。上智が、東京のど真ん中にすべての学部が揃っている、素晴らしい大学であることを再認識する機会となりました。

さて、この二年間、新型コロナの感染で、日本中そして世界中が翻弄されてきました。皆さんは、様々なご苦労や困難があったことと思います。キャンパスは閉鎖されることが多く、就職活動も制限され、さぞ不安だったことでしょう。課外活動も自由にできず、仲間と過ごす時間も大幅に制限されたことと思います。アルバイトで学費を工面していた学生の方々の多くは収入が減り、精神的に大変つらい思いをされたのではないでしょうか。留学の予定が変更になり海外へ行けず、日本からオンラインで海外の大学の授業を受けることになった方も多いと思います。しかし、皆さんはこの不自由で不透明感が漂う中で、それぞれ努力、工夫をして、何とか仲間との一体感を保ち、モティベーションを維持し、今日卒業を迎えていらっしゃるわけです。ここで考えて欲しいのは、社会に出ても、すべてが揃っている環境で社会人生活を送れることはむしろ例外で、思い通りにいかないことの方が多いということです。皆さんが経験された、ユニークな苦難、そしてその苦難を乗り越えて卒業というマイルストーンを達成したことに、是非胸を張って自信を持って下さい。これからの長い人生を過ごすうえで、必ずこの経験が生きることは間違いありません。

新型コロナ感染への対応を通じて、日本の直面する多くの課題が浮き彫りになりました。国際社会での地位が低下し、国の将来は不透明で、デジタル化の遅れなど、課題は尽きません。グローバル化の流れから取り残されないためには、若い皆さんの活躍が大きなカギを握ります。「卒業」という漢字の意味は「学業を終える」ですが、英語ではgraduationかcommencementと呼ばれます。Commencementは「始まり」を意味します。皆さんは今日、まさに「学びの始まり」の瞬間に身を置いているのです。上智大学での学びを、一生続く学びのスタートとして、社会にはばたいていただくことを心から願っています。

最後にソフィア会についてお話をいたします。ソフィア会は全世界に広がる、卒業生同志や、卒業生と母校をつなぐ上智大学の同窓会組織です。活動の大事な柱は「母校の発展に貢献し学生を支援すること」そして「卒業生同士の親睦を深めること」です。上智大学ソフィア会のもとに、日本のみならず世界各地にさまざまなソフィア会があります。同じ教育精神を学んだ上智大学の卒業生は、「つなげよう、拡げよう、深めようソフィアンの絆」というスローガンの元に、どこで出会ってもお互いに理解し合える強い絆があります。卒業生は自動的にソフィア会の正会員になります。多くの学部や学科には同窓会がありますので、今日忘れずにスマホもしくはパソコンで、今後の連絡先を登録して、積極的にソフィアンのネットワークの輪に加わっていただきたいと思います。今日はソフィア会から皆さんに素敵な記念品を用意しましたので学科集会の場で受け取ってください。また、四谷キャンパスの6号館の6階にソフィアンの憩いの場のソフィアンズクラブがあります。お友達との待ち合わせや会合にご利用ください。今日お時間があれば是非立ち寄ってください。お待ちしています。
本日は大変おめでとうございました。


2022年3月28日
上智大学ソフィア会 会長 鳥居 正男