上智大学

大学案内 SOPHIA PEOPLE-上智で考える。社会で描く

川瀬佑介氏(国立西洋美術館 絵画・彫刻室長)

大学時代に経験した
「知る面白さ」を
美術作品を通じて伝える

世界文化遺産にも登録されている国立西洋美術館は、2019年に開館60周年を迎えた。今、同館が所蔵する絵画・彫刻の管理・統括を任されているのが、川瀬さん佑介さんだ。(インタビューは2019年に収録されたものです)

川瀬佑介氏
国立西洋美術館主任研究員絵画・彫刻室長。1977年、東京都生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科を卒業後、東京藝術大学大学院、ニューヨーク大学大学院で美術史の研究に取り組み、長崎県美術館の学芸員を経て、2012年から国立西洋美術館に勤務。

大学での出会い・学びを通じて、美術史研究の道へ

上智大学外国語学部イスパニア語学科を卒業後、東京藝術大学の大学院、ニューヨーク大学の大学院で美術史の研究をした川瀬さん。イスパニア語学科を選んだ理由は、「語学以外のことも広く学べるから」。

「今、非常勤講師として週に1度上智大学へ行っています。私が通っていた20年前に比べると建物も新しくなっており、キャンパスはインターナショナルな雰囲気。何より学生がみんなすごく楽しそうですね」

中学、高校と英語の勉強をするなかで、外国語を学んで外国文化と接する面白さを知り、大学では違う地域の言葉にも触れてみたいと思ったのが、スペイン語を学べる上智大学外国語学部イスパニア語学科を選んだ理由のひとつです。なぜイスパニア語学科かといえば、ドイツ語やフランス語ではメジャーすぎるし、世界ではスペイン語のほうが話している人の数が圧倒的に多く、将来的に広がりがある言葉だと思ったから。私は1995年入学なのですが、ちょうど92年のバルセロナ・オリンピックでスペイン文化に関する情報が日本にたくさん入ってきた時期で、漠然とスペイン語圏の文化に興味をもっていたこともありました。

語学を学ぶだけなら他の選択肢もありましたが、上智大学にはスペイン美術史の授業があることを知り、より魅力的に感じました。結果的に大学の4年間で、自分が何となく抱いていた興味を、大きく育むことができました。とくに大髙保二郎教授(スペイン美術史)との出会いが、大きかったと思います。

外国語学部でスペイン史やラテンアメリカ経済などをひと通り勉強するなかで、やっぱりスペイン美術史が一番面白いと思うようになり、将来も研究を続けたいと思うようになりました。そのことを大髙先生に相談し、当時必修ではなかった卒論も書きたいと話したところ、「17世紀のジュゼペ・デ・リベーラという画家について研究してみたらどうか」と勧められました。リベーラについて調べ始めたら、すごく面白い画家で、それ以来、リベーラの研究を続けています。

ニューヨーク大学大学院留学中のころ

リベーラはスペイン人なのですが、その画業の大半をイタリアのナポリで過ごした画家です。イタリア的な素養や技法の持ち主なのですが、作品はスペイン的というハイブリッドな存在。宗教画を主に描きましたが、殉教する聖人の姿など、人間の信仰心や感情の根幹を揺さぶる作品を描く半面、当時スペイン領だったナポリという特殊な環境をうまく生かして、画家としてのキャリアを築いていったマーケティング戦略にも長けた興味深い画家です。

そんな魅力的な研究対象との出合いもあり、大学卒業後もスペイン美術史について研究しながら、東京藝術大学大学院で美術史を基礎から学び、2002年の夏からニューヨーク大学大学院に留学しました。ジョナサン・ブラウンという17世紀スペイン美術史の世界的権威がいたこと、そして西洋美術史におけるスペイン美術史という広い視点から学びたいと考え、スペイン本国ではなくアメリカで学ぶ道を選んだのです。

国立美術館の役割、学芸員の醍醐味

ニューヨーク大学大学院で学んだ後、帰国して長崎県美術館、国立西洋美術館で学芸員・研究員としてキャリアを積んだ川瀬さん。今の仕事のやりがいとは?

展覧会の見どころを解説するのも、学芸員の仕事。
写真は長崎県美術館勤務当時のもの

現在は絵画・彫刻室長という立場で、国立西洋美術館が所蔵しているすべての絵画と彫刻を管理・統括する立場にいます。それと同時に、皆さんがイメージする学芸員の仕事であろう、展覧会の企画も手掛けています。ただ、国民の税金で運営されている国立美術館としての役割を常に意識しています。たとえば、人気のある価値の定まった画家やテーマについての展覧会は、商業的にも成り立ち、他の美術館でも開催できます。国立西洋美術館の役割は、他の美術館では企画しづらい芸術家や芸術の側面に光を当て、紹介すること。そこに国立美術館としての本来の意義があると思っています。

もっとも、展覧会の企画は学芸員・研究員の仕事の一部にすぎません。仕事としては、美術館の所蔵品(コレクション)の保存、管理、展示、調査研究も重要です。どこかの美術館から作品の貸し出し依頼がきたら、どんな展覧会で、なぜ国立西洋美術館の作品が必要なのか、貸し出し展示には輸送時の破損などのリスクもありますから、そういうリスクを負ってまで展示する意味があるのかなどを判断します。

また、所蔵品についての調査研究も重要です。作者や制作年代がわからない、過去の所有者がわからない所蔵品については、さまざまな側面について再調査を続け、新たな事実がわかれば論文にしたり、解説パネルをつくったり、展示構成を見直したりしています。調べるほどに作品についての「引き出し」が増え、それが多ければ多いほど企画や展示構成のストーリーを豊かにできる。そういう「引き出し」をつくる調査研究も、学芸員・研究員の大事な仕事です。

川瀬さんが探して2014年度に購入した、17世紀のスペイン人画家による作品-フアン・バン・デル・アメン《果物籠と猟鳥のある静物》1621年頃、油彩/カンヴァス、国立西洋美術館

最近の私が一番やりがいを感じているのは、作品収集です。留学先のニューヨーク大学大学院で学芸員課程を履修した際、授業の最終課題が、ニューヨークで実際に販売されている美術作品から1点を選び、メトロポリタン美術館の館長や学芸員を相手にその購入を提案する、というものでした。そこで、学芸員にとっての作品購入という仕事の重要性と面白さを知りました。同じ美術史に関わる仕事でも、大学の研究室では作品の購入はできません。作品収集は、美術品を扱うプロフェッショナルである美術館学芸員の特権ともいえるでしょう。

美術館がコレクションの成長を止めてしまったら、その時点で美術館は死んでしまうといわれています。国立西洋美術館はルネサンスから20世紀初めまでの美術史を概観できるコレクションをポリシーにしていますが、今なお抜けている時代や分野がたくさんあります。そうしたギャップを作品収集によって埋めるために、毎年国からいただいた購入予算で、厳選して作品を購入しています。これは、購入予算が極めて限られている美術館が多い現在、とても恵まれたことです。新しい作品を国立西洋美術館のコレクションに加えることで、これまで見せられなかった芸術の側面を見せることができるようになり、コレクションは自分が仕事を辞めても残りますから、将来世代の国民の財産にもなる。ずっとたくさんの人に見てもらえるという、ロマンと責任感を味わえるやりがいのある仕事です。

研究の基礎になっているのは、大学で身につけた語学力

川瀬さんは外国語学部で語学を学んだのち、美術史研究の道に進んだ。これから大学で外国語や美術史を学ぼうと考えている高校生へのアドバイスがある。

前列左端が学生時代の川瀬さん

最初から美術史や芸術学を勉強しようと思っているなら、ストレートに美術史学科や芸術学科を目指したらいいでしょう。でも、文化史や芸術学、歴史も含んだ地域研究に何となく興味があるという人には、美術史学科では広がりが少ない。ひとつの地域または言語に自分の興味の対象を絞ることができる人には、私は上智大学の外国語学部をお薦めします。なぜなら、語学だけでなく幅広い知識を習得してから専門分野に進むことができるという間口の広さがあるから。総合大学である上智での勉強を通じて、さまざまな可能性や選択肢が浮かび上がってくるはずです。

イスパニア語学科はロシア語学科と並んで「鬼のイスパ、地獄のロシア」と呼ばれるほど、授業が厳しいことで有名です。語学の勉強は毎日の積み重ねが大事だとわかっていましたが、当時の私は入学前に抱いていた“憧れのキャンパスライフ”のイメージとあまりに違うハードな勉強に驚いたものです。ただ、今振り返ってみると、イスパニア語学科で文法や読解をきちんと系統立てて教えてもらったことが、体の中に基礎としてきちんと残っている。それが研究や海外との交渉に役立っていると思います。

また、ニューヨーク大学大学院に留学したとき、最初は英語で大変苦労しましたが、それでも授業についていけたのは、上智大学の英語教育があったから。学生時代はスキューバダイビングのサークルに所属し、どちらかというとそちらに時間を投じたため、もっと勉強しておけばよかったと反省もしますが、あの時、あの場で、たくさんの友人や先生方と出会えたのは幸運なことでした。それがなかったら今の自分はないと思っています。


川瀬さんが担当する展覧会「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が以下の日程で開催されます。
会期:2020年3月3日(火)~2020年6月14日(日)
会場:国立西洋美術館