上智大学

大学案内 SOPHIA PEOPLE-上智で考える。社会で描く

川村元気氏(映画プロデューサー・小説家)

大学時代も今も変わらず、
「人の気持ちを揺らしたい」

『電車男』『告白』『君の名は。』など数々のヒット作の映画プロデューサーであり、「世界から猫が消えたなら」「億男」などのベストセラー小説家でもある川村元気さんに、今の原点があるともいえる大学時代の思い出を聞いた。(インタビューは2018年5月に収録されたものです)

川村元気氏
映画プロデューサー・小説家。1979年、神奈川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの映画を製作。2012年、初小説「世界から猫が消えたなら」は140万部を超え、2作目の小説「億男」が2018年10月に映画化された。最新刊『百花』(文藝春秋)は2019年5月発売予定。

世の中に何かを伝えたい。そんな志を持った仲間が集う場所。

上智大学新聞学科が第一志望だったという川村さん。ドキュメンタリー映画や新聞をつくることに、漠然とした興味を持っていたそうだ。

「映画を作って、バンドやって、バックパッカーして——大学時代は本当に楽しかった」

上智大学の新聞学科を選んだのは、僕にとっては自然なことでした。「新聞学科」とうたっている大学は珍しかったですし、人数も60人くらいしかいない。そういう場所で勉強できたら面白いだろうな、と思いました。

実際、学生時代はすごく面白かったですね。集まっているのはみなジャーナリズムやメディアに関心があり、「世の中に何かを伝えたい」と思っている人たちです。そういう仲間と語り合ったり、一緒に映像作品を作ったりするなかで、浮かび上がってくるお互いの視点の違いが刺激的でした。「僕がこう見ている世界を、こいつはそういうふうに見ているのか」と。その「差分」のようなものが面白くて、暇さえあれば「陽だまり」と呼んでいた大学内の広場に集まって過ごしていました。

授業で印象に残っているのは「テレビ制作」です。ドキュメンタリー番組をつくるジャーナリズム色の強い授業だったのですが、僕は先生に怒られてばかり(笑)。「君のつくる作品はアジテーション(扇動)だ。ジャーナリズムはアジっちゃダメなんだ」と。

父が映画関係の仕事をしていたので、子どものころから映画が好きだったのですが、僕自身は特にドキュメンタリー映画に惹かれていました。市川崑総監督の『東京オリンピック』や原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』など、ノンフィクションの映像が持つ力強さから大きなインパクトを受けていました。ただ、いざ自分で作品をつくるとなると、どうしても見る人をびっくりさせたり、笑わせたり、泣かせたりしたくなってしまう。入学したときの漠然とした思いから、自分がやりたいのはジャーナリズムではなくエンターテインメントなんだと、はっきり形づくられていった大学4年間でした。

入学したときは、将来、映画を仕事にするとは考えていませんでした。よく「好きなことを仕事にしてはいけない」といわれますが、実際、映画が好きな人間が映画をつくると不幸になると思っていました。好きな巨匠の作品と自分の作品を比べることになりますからね。でも一方で、好きではないことを仕事にして、1日8時間以上、週5日働くのも難儀だなあと……。そんな迷いを抱きながら就職活動をするなかで、気づいたのです。バンドをやって、本を読んで、映画を作ってと、好きなことばかりしていた学生時代でしたが、「それらが全部入っているのが映画じゃないか」と。

それぞれの力を感じつつ、映画と小説を行き来する。

映画プロデューサーとして数々のヒット作を送り出す一方、小説家としても活躍する川村さん。小説を書くようになって、改めて映画の力を思い知ったという。

2018年10月19日に公開された映画「億男」(監督:大友啓史 原作:川村元気) (c)映画「億男」製作委員会

エンターテインメント映画はラストシーンに向かって作り込んでいきますが、ドキュメンタリー映画は結論を前もって決めてもうまくいきません。僕の場合、小説もそういうところがあると思います。取材を重ね、書き進めていく先で、行きつく結論は最後までわからない。取材に取材を重ねてから書き始めますが、結論は最終的に見つかればいいかなという、極めてドキュメンタリー的なアプローチで書いています。ただ、その取材で集めた素材を「物語」として作り上げるところに面白みを感じるのは、学生時代から変わっていませんね。

「億男」という小説は、その典型です。この作品は、宝くじで3億円を当てた主人公・一男が「お金と幸せの答え」を探してさまよう物語なのですが、登場人物は実際に僕が出会った人たちがベースになっています。映画業界にいると、100億円以上持っているような大金持ちとたくさん出会います。そういう人の考え方には常人を超えた面白さがあるので、勝手に取材をしていたのです。お金を持つことで何を失って、何を得たのか。お金を持つと何が幸せで、何が怖いのか。気がつけば100人以上に話を聞いていました。

原作・小説「億男」■文春文庫■定価(本体700 円+税)/突如、億万長者となった図書館司書のお金をめぐる30 日間の大冒険

「億男」はそうした取材から生まれた作品なのですが、取材を積み重ねていくと面白いことが起こるのです。一男は「お金と幸せの答え」を知るために、学生時代の友人で今は大金持ちの九十九という男を訪ねます。すると九十九が「君は一万円札の大きさを知っているかい?」と、紙幣の大きさや貨幣の重さについて事細かに語り出す。このシーンを書いているとき、自分でもギョッとしました。このシーンの台詞は取材した誰かの言葉ではありません。膨大な取材が自分のなかに溶け込んで、自然に湧いてきた台詞なのです。映画はチームで積み上げて作るものですが、小説の場合、ひとりで深く深く自分のなかに潜っていくようなところがあります。すると、まったく違う自分がひょろっと顔を出す瞬間がある。そこが小説を書く面白さのひとつですね。

一方で、小説を書き始めたことによって、映画の力に改めて気づかされることもあります。例えば、小説を書くなかで「ここで音楽が鳴ったらいいのに」と感じたことから、音楽を意識的に使ってつくったのが『バクマン。』や『君の名は。』などの作品です。また、俳優の肉体性も映画のアドバンテージですね。今回『億男』の映画化にあたって撮影現場にも足を運びましたが、僕が30ページぐらい費やして書いた文章も、佐藤健さんや、高橋一生さんがそこに立つだけで表現できてしまう。それが映画の力です。だから、また意地になって映像ではできないような小説を書こうとなるわけですが、映画にしかできないことって何だろう、小説にしかできないことって何だろう、と互いの面白さを感じながら、映画と小説の間を行ったり来たりしています。

全力で遊び、全力で勉強する。「濃い4年間」を過ごしてほしい。

自分の学生時代を、川村さんは「ひとつのことをまっとうしたことがない」と語りつつ、大きな意味のある4年間だったと振り返る。

「今書いている小説「百花」(※月刊文藝春秋で連載、既に完結)は、認知症の母親とそのひとり息子の愛と記憶の物語です。認知症についてかなり取材をしていくなかで、正常な人間もいろいろなことを忘れたり、記憶を都合よく書き換えているということに気づいた。認知症と向き合いながらも、我々の記憶そのものの意味について考えています」

当時の自分に助言ができるなら、「アルバイトはするな」と言いたいですね。社会に出たら労働は嫌というほどできます。それなのに、どうしてアルバイトなんてしたんだろうと、僕は今でも後悔しています。今話題の『君たちはどう生きるか』とは正反対の意見かもしれませんが(笑)。アルバイトという「労働」に費やした時間を使って、全力で遊び、全力で勉強し、たくさんの人との出会いを経験しておけばよかったと本当に思っています。それが大学生の特権だとも思います。

大学の授業は今の仕事に役に立っているか?と聞かれたら、僕が出来のいい学生ではなかったからかもしれませんし、母校に対して厳しい言い方になるかもしれませんが、役に立っていないのです。いないのですけれど、新聞学科の4年間というものは、何を授業で学んだかということ以上に、ジャーナリズムやメディアに関心がある人たちが同じ場所に集って、同じ時間を過ごしたということに意味があったと思っています。学生時代、四谷キャンパス内の「陽だまり」と呼んでいた場所で話していた同級生たちの多くが、新聞社やテレビ局などメディアやエンターテインメントの世界で活躍しています。今でもよく集まっていますが、学生時代と同じように刺激を受けています。「世の中に何かを伝えたい」という志を持った仲間が集まる場所で、「濃い4年間」を過ごしてほしいですね。