実習報告

統合看護学選択の学生に、統合実習を終えて感じたことを述べてもらいました。

統合実習を通して感じたこと

河原 伶

統合看護学選択を希望したきっかけは、精神看護学実習で退院する患者さんの姿を見たときでした。特に長期入院をした患者さんは、突然始まる地域生活に対してどのような思いや問題を持つのか、一人暮らしを始める方々はどのように生活をしていくのか、どのような支援が必要なのか等、素朴な疑問が出てきました。

統合実習では、精神疾患を持ちながら地域生活をしている方々を対象に、社会復帰施設で実習をしました。そこで、対象者の方々と関わりを持ちながら地域生活への意識や思いに触れたり、対象者と関わっているスタッフの方々の看護・援助を多く学ぶことができました。

統合実習では、興味のあるテーマや疑問点に対し、実習をすることで、看護・援助の実際を学び、課題を考えていくとてもよい機会だと思います。先生方からは、テーマに合った実習場所や対象者の方々、実習方法等について助言・協力をしていただいたので、学習をさらに深めるよい経験となったと思います。

養護学選択の学生に、養護実習を終えて感じたことを述べてもらいました。

養護実習で得た“幸せ”

網代 優梨

幼い頃から夢見てきた“保健室の先生”……ついにこの養護実習に臨むことができることを大変楽しみにしていました。そして、実習を終えた今も、養護教諭になりたいという気持ちはより一層強くなったように思います。4週間の実習で、本当に多くの貴重な経験をさせていただいたことに、今とても感謝しています。

私にとって、たくさんの“初めて”を経験した実習であり、養護教諭になるための学びはもちろん、自分自身の成長の機会にもなったと感じています。日々の保健室執務を始めとし、様々な行事にも参加することができ、養護教諭・学校現場の実際を、身をもって経験することができました。
その中でもやはり、子どもたちとたくさんの関わりをもつことができたことは、一番の“幸せ”でした。保健室によく来る子もそうでない子も、授業や給食、休み時間などを通して関わることで、たくさんの顔・表情をみることができました。そのような中で、子どもたち一人ひとりの個性や魅力に気づくとともに、様々な環境の中で育ち、問題を抱えている子どもたちとの出会いもあり、考えさせられることもたくさんありました。

国際看護学専攻の学生7名は、2007年10月17日から11月8日まで、中央アフリカ共和国バンギの医療機関で実習を行いました。以下、2名の実習生の体験録を掲載します。

大家族・大自然から教わったもの

1期生 秋山 幸恵

写真:「大家族・大自然から教わったもの」

「バララ!」「ボンジュール!」と私たちが訪問する先々で、たくさんの現地の方々が握手、笑顔で出迎えてくれた。私たちが外国人であることを忘れてしまうほど、人々は自然体で接してくれた。また、近所の大人達が子どもたちの面倒を見たり、叱ったり、地域ぐるみで生活をしている様子を垣間見ることができた。

このように、現地の人々と関わる中で、中央アフリカ共和国という国は、ひとつの大きな家族のような印象を受けた。日本にいるときは、希薄になってしまっている同じ地域に住む人々との人間関係を考えるきっかけとなった。また、改めて人との関わりの大切さを肌で感じることができ、これからは大切にしていきたいと思う。

この国では、毎日、規則的に停電したり、時々、断水もする。また、紙類がとても貴重である。このような生活を送ることは、人生で初めてのことだった。今まで日本にいるときは、電気があって当たり前、蛇口をひねれば水が出てくるのは当たり前、ティッシュは使い放題、と何でもあるのが当たり前という感覚であったことに気づいた。また、毎日トラックに巨木が運ばれていき、それが先進国に輸出されている現実を知った。私達が不自由なく暮らしているのは、この国の大切な自然環境が犠牲になっていることで成り立っていることを理解することができた。この経験は、今までの私のものの考え方に大きな影響を与えた。これからは、ひとつひとつの物に対して、大切に使おうという意識や感謝するという気持ちを持ち続けていきたい。また、どうやって成り立っているのかなど、物事を深く考えていこうと思う。

中央アフリカ共和国での実習は、毎日が充実し、貴重な体験をすることができた。このような実習ができたのも、温かく迎え入れてくれた現地の人々、また、言葉のわからない私たちに対して、一生懸命説明をしてくれた診療所の職員の方たちのおかげである。感謝したい。

雨垂れ石を穿つ

1期生 山口梓

これは、私が大切にしている言葉である。滴り落ちる雨のしずくでも、長期間石の上に落ち続ければ、やがて石に穴をあけることが出来るというということから、どんなに小さい力でも根気よく努力すれば、いつか必ず成功するという意味の言葉だが、私は、現実から目を逸らしたくなった時、自分に負けそうになった時、しばしばこの言葉を思い出す。

アフリカ滞在中もそうだった。この言葉を思い出しては、考えることさえも悲惨に思えてくるエイズや子どもの栄養失調、貧困…といった現実に私なりに向き合い、人々が、そして自分が幸福、喜び、悲しみ、怒り、葛藤、争い、生死と、様々な感情や現象が入り混じった世界に、生きていることの実感を持った。

写真:「雨垂れ石を穿つ」

そして、今という一日を生き抜くために奔走しているであろう人々の、はじけるような笑顔とはち切れんばかりのエネルギー、人を包み込む優しさ、そして人間関係の濃厚さに、私は「雨垂れ」を思った。確かに、国が抱える問題はエイズ、結核、栄養失調、売春、貧困、部族……と複雑かつ深刻である。何十年後の保証のない命より、確かな今日を生きるために自らの命を危険にさらす人が沢山いるという現実に、生きるためには仕方ないと思っても、困惑している自分もいた。しかし、人々が雨垂れとなり、長い時間をかけこれらの課題を克服していくのだと思わずにはいられなかった。

私自身、これからどのような道を辿っていくのか分からないが、今回の経験と出会った人々のエネルギーと共に、「雨垂れ石を穿つ」の精神で、前に進んでいけるような気がする。すべての人に感謝。

現地の方が教えてくれた言葉。「雨垂れ石を穿つ」と同じ意味。
Petit a petit l'oriseau fait son nid. (少しずつ 鳥は巣を作る)

(NGOアフリカ友の会 会報 第89号 より転載)

1年間の領域実習を終えた3年生にいまの心境を綴ってもらいました。

あなた達のことを待っている人がいることを忘れないで

Y.A.

これは実習で受け持たせていただいた患者さんが私にかけてくれた言葉だ。

日々、自分のふがいなさを感じていた私は、この一言にとても救われたような気がした。ふっきれた…というか、この人のために何かしたいと思えるようになったのだ。誰かに自分を必要とされること、存在価値を見出してもらうことが、私にとってこれほど大きな意味をもっていたのだと気づいたとき、人と人との関わりの中で生まれる看護の奥深さ、おもしろさをまた少し感じられた。そして、言葉が人に与える影響の大きさも同時に学んだ。

患者さんが私にかけてくれた言葉のように、言葉が相手の行動や気持ちに与える影響はとても大きい。良い意味でも悪い意味でも、思いは簡単に言葉で伝わってしまうことを忘れずにいたい。まだまだ一歩を踏みだしたばかり。課題は山積みだが、これからも私を待っていてくれる人のためにもがんばっていきたいと思う。

一期一会

A.Y.

これは私が大切にしている言葉の一つです。

8クールの領域別実習を通じても、たくさんの方々と出会うことができ、感謝しています。実習はハードで辛かったり、自分の未熟さに自信がなくなったりすることもありました。しかし、看護者の一人として、患者さんと出会うことのできたその瞬間を、またかけがえのない命を大切にしたいという気持ちで常に一生懸命とりくんできました。そして、小さい頃からの夢であった看護師・養護教諭になるという目標をいつも心に強く持ち続けることで、ここまでがんばってこられたと思います。

実習という人生の中でも貴重な経験は、看護学の学びはもちろんのこと、私自身の看護観や感情についても大変意味のあるものとなりました。

最後に、友人や家族の支えと愛があったことで、実習も乗り越えることができたのだと感謝します。“一期一会”。出会ったすべてを大切に、これからの糧として行きたいです。

私が選んだこの道

Y.Y.

寮生活の中で、先輩たちが毎日朝早くから実習に行き、帰ってきてからも遅くまで記録に追われていた姿をずっと見ていました。その先輩たちの姿に、私も数年後はこのような立場に立っているのかと思うと,不安と恐怖でいっぱいでした。

しかし、実習が始まってみると、そのような不安はいつの間にか消え、毎日、患者さんのために私には何ができるのだろうと考えていることの方が多くなりました。もちろん、上手くいくことばかりではありませんでした。けれども、私が行なったケアが患者さんにとってプラスにつながるなど、患者さんに気持ちや関心を向けた分だけ自分の喜びとして返ってきました。患者さんから励ましていただくこともあり、これらが実習中の励みになりました。

その一方で、実習中は自分の無力さに涙することもありました。つらくて投げ出したくなることもありました。しかし、実習を終えたいま、私が選んだこの道は間違いではなかった、この道に進んで良かったと心から思います。

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