第2回 教員エッセイ

Veritas

経済学部経済学科 川西 諭先生

2011.07.01

藤村正之先生から 川西諭先生へのメッセージ

 行動経済学という新しい分野を開拓されている川西先生、人間行動の謎に社会学と似つつも異なるアプローチで迫ろうとする研究におおい に期待をしています。

愚かなようで愚かでない 賢いようで賢くない
-人間の不思議な経済行動の謎に迫る行動経済学-

経済学部経済学科 川西 諭

 私はいま行動経済学という学問にハマっている。
 行動経済学とは、人間の行動に関する科学的知見に基づいて、経済行動や経済現象、そして経済問題を分析する学際的な研究分野である。私はもともと経済学しか学んでいなかったので、心理学や脳神経科学の知見に触れたときは本当に衝撃的だった。何が衝撃的だったかと言えば、いかに自分が自分自身について知らなかったかを思い知らされることの連続だったからだ。

 行動経済学を学び始めたころは「現実の人間とは何て不合理なのだろう」と思っていたが、そうした行動の原因を突き詰めて深く考えてみると、それなりの理由や役割があることがわかり、簡単に不合理とは言えなくなる。例えば、「サンクコストの呪縛」という行動は賢くない行動の典型例としてよくあげられる。サンクコストというのは、すでに支払ってしまって、もう帰ってこない過去の費用負担のこと。これから何をするか考えるときにはサンクコスト(過去のこと)を考慮する必要はないと経済学の教科書には書いてある。冷静に考えれば確かにそうなのだが、人はなかなかこれが上手にできない。高額な資金を投じてしまった計画を途中で中断できないというのは経営者にありがちなこと。食べ放題や年間パスポートなどは、元を取ろうとして食べすぎや無理をしてしまう。払ったお金は返ってこないのだから、そのことは忘れて消費すべきなのにそれができない。たくさん貢いだ交際相手との縁が切れない。結果的に損だった、失敗だったと思いたくないからどうしてもサンクコストに呪縛されてしまう。投資家は買った株が値下がりするとなかなか売れなくなるが、これもサンクコストの呪縛。売るべきか買うべきかを決めるときは将来だけ考えればよいのに、どうしても過去にいくらで買ったかに引きづられてしまう。

 しかし、なぜ人がサンクコストに呪縛されるのかを深く考えてみると、そういう行動もあながち悪くなく思えてくる。私たちは、目先の誘惑に負けて計画を途中で投げ出してしまいがちだ。続けるべき時にも続けられないことが多いから、多くの人は「ものごとを途中で投げ出してはいけない」と教えられて育つ。また、とことんやって結果的に当初の計画が失敗に終わった場合でも、その失敗から大事な何かを学ぶことが少なくない。実際、多くの偉人達は「失敗することの重要性」について多くの名言を残している。なかなか気付くことができないからこそ、そうした名言は長く語り継がれているのだろう。

知らず知らずのうちに賢い行動をしている例がある一方で、そうでない例も少なくない。よく考えて賢く行動しようとしてるのに結果的にとても愚かな判断をしてしまうこともある。人間行動というのは奥が深い。

 そういう複雑な人間行動の理解が今とても重要になっていると思う。
 日本経済は非常に多くの問題を抱えていたが、東日本大震災によって国家財政やエネルギー問題などは深刻度を増している。人間というのは長い時間をかけて行動を修正するのは得意だが、環境の変化には弱い。失った家族や財産のことを簡単に忘れることはできない。節電と言っても簡単に生活は変えられない。安全と言われても、どうしても不安で仕方がない。経済学者たちが提言している政策を実行することで解決される問題も多いと思うが、そういう提言は今のところ国民にも政治家にも受け入れられていない。それも人間の行動だ。良い政策でも受け入れてもらえなければ意味がない。受け入れてもらえる政策を考えるという視点が(自分自身を含めて)経済学者にもっと必要だと痛感している。

 しかし、状況は必ずしも悲観的ではないと思う。
 震災によって、多くの人が忘れかけていた大事なことを思い出した。家族や地域の「人のつながり」の大切さ、人の優しさ、他人任せにせずに協力することの大切さを再認識した。被災地の厳しい状況を目の当たりにして、多くの人が胸を痛め、「何かしてあげたい」という思いを強くしている。自分のためではなく、困っている人のために、社会のために何かしたい。そういう心の変化が閉塞的な状況を打開する突破口になると信じたい。

<専門領域>
ゲーム理論と行動経済学の応用分析

<主な著作>
川西諭 『図解 よくわかる行動経済学―「不合理行動」とのつきあい方』 秀和システム、2010年
川西諭 『経済学で使う微分入門 (経済学叢書Introductory)』 新世社、2010年
川西諭 『ゲーム理論の思考法』 中経出版、2009年


前の記事