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ヨゼフ・ピタウ大司教(元上智学院理事長・上智大学長・名誉教授)の訃報について

学長時代のピタウ大司教

ヨゼフ・ピタウ大司教(元上智学院理事長、元本学学長・名誉教授)が2014年12月26日(金)に、脳幹梗塞のため86歳で逝去されましたので、ここに謹んでお知らせいたします。

2015年1月14日(水)に宗教法人カトリックイエズス会と学校法人上智学院の共催により、葬儀ミサ・告別式を執り行います。

葬儀ミサ・告別式

【日時】2015年1月14日(水)13:30~
【場所】聖イグナチオ教会主聖堂(東京都千代田区麹町6-5-1) (電話)03-3263-4584  
【喪主】梶山義夫(かじやまよしお)(宗教法人カトリックイエズス会・日本管区管区長)
※告別式後、同教会内のヨセフホールにて偲ぶ会を執り行います。

駐車場のご用意はございません。公共交通機関をご利用ください。

お問合せ:上智学院総務局広報グループ (電話)03-3238-3179

ヨセフ・ピタウ大司教について

ピタウ大司教は1928年イタリア生まれ。52年、スペインのマキシモ大学を卒業後、来日。日本語学校を修了した後、60年本学大学院神学研究科を修了し神学修士号を取得。63年ハーバード大学大学院政治学専攻を修了し政治学博士号を取得しました。同年日本に戻り、本学法学部の助教授、66年同教授となり、学務部長も務めました。

68年、39歳の若さで本学を経営する上智学院の理事長に就任し、75年から81年までは本学学長を務めました。80年10月から1年間はイエズス会日本管区長を兼務。81年10月、イエズス会本部ローマに召還され、イエズス会・ローマ教皇代理補佐を、92年から98年までグレゴリアナ大学学長を務めました。その間、93年から本学名誉教授。98年、カトリック教会の大司教に叙階され、教皇庁教育省次官に就任し2003年まで務めました。

04年、定年で教皇庁職を退職し、再来日。翌05年まで神奈川県にあるカトリック大船教会の協力司祭を務めました。

ピタウ大司教は、政治思想史を専門とする政治学者、本学の経営者、カトリック教会の役職いずれにおいても卓越した功績を残し、国内外に幅広い人脈を築き、日本と世界の橋渡しの役割を果たしました。大学経営では、68年の大学紛争を収束させ、本学をその後の飛躍へと導きました。

著作と勲章の受章も多く、ハーバード大学で執筆した明治初期における日本の政治思想についての博士論文が67年、原語と日本語訳がそれぞれ米日で出版され、『ニッポン人への熱い手紙』(1982年)等も出版。博士論文はハーバード大で優れた社会科学系の論文に贈られるトッパン賞を受賞(63年)し、イタリア政府から70年コメンダトーレ章を、日本政府から84年勲二等旭日重光章を受賞しました。

ピタウ大司教逝去によせて

ピタウ大司教は、教育者・経営者として本学の発展のために尽力されました。理事長として大学紛争収束に向けた機動隊による学生バリケードの解除や大学封鎖など、当時としては先駆的な対策を取り、時代の流れを読んだ大胆な決断によって、本学をその後の飛躍へと導きました。また、学長時代には、当時悲惨な状況下にあったインドシナ三国の難民の救護活動を実施することを日本の大学として初めて決定。自ら街頭に立ち募金活動を行ったことは、多くの学生・教職員たちによって現在まで語り継がれています。

ローマに移られてからもバチカンとイエズス会の重職の傍ら、本学をあたたかく見守り、時に育て守ってくださいました。国内外との交流を積極的に推進し、日本と世界の橋渡しとして活躍された功績は大変に大きく、本学のグローバル化および発展の基礎を築かれました。

本学の教育精神である"Men and Women for Others, with Others(他者のために、他者とともに)"を体現されたピタウ大司教。深く哀悼の意を表するとともに、常に学生に寄り添い、彼らを愛したピタウ大司教の想いを引き継ぎながら、教職員一同はこれからの大学改革に取り組んでいく決意を新たにいたします。

学校法人上智学院

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