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モハメッド=アブドゥル・ラティフ・ジャミール名誉博士 講演会全文(日本語訳)

10月5日、上智大学はモハメッド=アブドゥル・ラティフ・ジャミール氏のグローバル社会・教育・文化への多大なる貢献に鑑み、本学の名誉博士号を授与いたしました。 称号記授与式の後に行われた記念講演会の全文(日本語訳)を掲載いたします。

「失業ビジネス(貧困ビジネス)は万人のビジネス」(原題:"The business of unemployment is the business of us all)"

ご列席の皆さま、今晩は。
まず、滝澤学長、高祖理事長、野宮グローバル・スタディーズ研究科委員長、そして上智大学の皆様に、名誉博士号を授与いただきましたことについて心から御礼を申し上げます。また、私がアラブ人として初めてこの名誉ある称号を賜ったと伺い、大変光栄に存じますし、過分なはからいと身の引き締まる思いです。

私がいささかでも文化、教育、あるいは地球的な貧困、失業の問題への対応、宗教間の共存、平和に貢献したとするならば、それは、偉大なる大学というものの創始者たちから得たインスピレーションによるところが大きかったからです。創始者たちは人類の直面する問題に対してグローバルな視点から研究に力を尽くすということを、決意を持って実行されたのであります。

私はこの上智大学で、2年という幸福な期間を過ごしました。私はこの経験をとても大切にしておりますし、日本を心から尊敬するようになったのも、この体験が元になっております。

上智大学の価値観はシンプルですが、素晴らしい形で表現されています – “For others, with others” 。この心の寛い価値観は、大学で学んだ学生たち、ビジネスリーダーたちにとって、そして私どもが住んでいるこの課題の多い複雑な世の中で、ますます重要になってきています。

私たち上智大学の同窓生は恵まれています。優れた教育を受け、労働市場において競争して成功することが出来るのです。しかしながら、何千万、たぶん何億という人達がそのように恵まれてはいません。自分の責任ではないのに、仕事をしたいけれども仕事がない。失業しているため家族に食べさせることさえできません。子供たちは朝起きたときも、夜寝るときもお腹を空かせています。こうなってしまう必然的な理由はないのです。

だからこそ、今日私は「失業のビジネス(貧困ビジネス)」について皆さんにお話したいと考えました。失業を撲滅するためには、その責任を政府にのみ任せていてはいけません。民間も率先して解決策を見つけ、実施していかなければなりません。失業問題をビジネス上の解決策・ソリューションが必要とされるビジネスの問題として扱わなければならないのです。

こういう考えに基づいて、私は長い間、企業のCEOは二つの責任、つまり二つの仕事を持っていると信じてきました。

まず一つ目は、ステークホルダーと調和を図りながら、持続可能な形で企業の収益をあげていくこと。二つ目は、持続可能な形で地域社会の自助努力を支援すること。私はこの二つの責任を調和させて一つに融合し、地域社会は一つの重要なステークホルダーであるという風に考えています。

こういう企業家精神に富んだ考え方をしなければ、隣人のために雇用機会を確保し、個人の収入や希望をもたらすことはできないのです。大きな問題は大胆な解決策を必要とします。そして、人類は根本的に一つであるという、上智大学の伝統的な信念を実践するのに、これ以上の方法があるでしょうか。

大学で学んだ学生たちは、次のような疑問を持たれるかもしれません。景気が後退しているこの世の中において、いったい自分がどういう変化をもたらすことができるのだろうかと。私も同じように考えたことでしょう。ただ、私は二つの手本から学ぶことができたのです。私の父親とトヨタ自動車からです。

私の父親からは、事業を行っていくうえで重要な教訓を得ることができました。「人生とは自分のことだけを考えていればよいのではない、人のために何ができるかを考えなければならない、これを企業の経営においても忘れてはならない」という教えです。トヨタ自動車から学んだのは、皆に対して尊敬の念を持つこと、そして事業を展開させていく中で、また目標に向かって、絶え間なく改革や改善を行っていくということです。

1955年、私の父親が初めてトヨタ自動車と協力事業を始めたとき、同族経営による小さな会社をスタートさせました。当時は、一年でたった10台のランドクルーザーしか売れませんでした。そのうえ、さらに悪いことに、このランドクルーザーを買ったすべての顧客が返品をしてきたのです。こんなスタートは切りたくないですよね。でも、私の父親は諦めませんでした。すべての危機を闘い抜きました。その後、父親と私はALJ社(Abdul Latif Jameel Co. Ltd)を世界最大のトヨタ・レクサスの独立販売代理店に育てあげました。12,000人以上の従業員をもち、12カ国で営業しています。私の父親にできたのですから、皆さんにだってできるはずです。

しかし、企業を経営するうえで、次の点を忘れてはなりません。利益を上げるということは、企業のストーリーの第一章に過ぎません。同じく重要なのは、企業は常に社会が自助努力できるように支援していかなければならない、という点です。それも、ビジネスとして持続可能な形でそれを果たしていかなければなりません。

何よりも今日、重視すべきは失業との闘いです。特に中東では、失業率が増大しています。中東では15%、2,000万人もの失業者です。私どもの地域は途上国でも失業率が最も高いのです。これをさらに悪化させているのが、中東の人口増加率が世界で最も高いという事実です。毎年600万人の健康な若いアラブ人が労働市場に参入しています。持続的な形で失業問題に取り組んでいかなければ、中東は10年以内に5,000万人の男女が失業してしまいます。彼らは労働するという尊厳を求めます。この尊厳の欠如を、彼らは容認しないでしょう。

こうした規模の大きな問題が社会の基盤を蝕んでいく。そういう脅威にさらされているのです。では、解決策は何でしょう?

失業を単なる社会問題として扱うことはできません。どんな政府だって資源もないし、お金もない。問題をお金で解決することは、できない相談なのです。また、失業に対して見て見ぬふりをすることもできません。失業問題など無いといったふりをすることは不可能なのです。そうすることは希望的空想であり、責任の放棄です。

じつは、こうしたことが「アラブの春」を挑発したのです。重大な変化がアラブ地域に起きています。チュニジアからカイロ、バーレーン、リビア、シリア、イエメン、これらの国々に大きな変化が起きているのです。アラブの春は希望をもたらしましたが、同時に、若い人たちはこの地域において確かさのない将来に直面しています。雇用の機会はどこから来るのでしょう。

各国政府は、繰り返し失業を単なる社会問題として扱ってきました。政府は何十億ドル、何兆ドルと使ってきました。ただ、結果を見ると、このトップダウンのやり方の弱点は明らかです。往々にして、こういうやり方は無駄が多いのです。というのは、政府のお金の使い方がビジネスの考え方にのっとっていないからです。

これはあたかも、工場だけを建ててマーケティングや販売を考慮しないのと同じことです。つまり、市場が何を必要としているかと関係なく生産しているのと同じことなのです。このトップダウン理論の結果は、倉庫に保管すべき製品を生産しているようなもので、消費のための生産になってはいません。この場合の利益は一時的であり、持続可能ではありません。マーケットニーズに応えていないからです。供給はあるけれども需要は少ない。だから、利益を上げられない。採算が取れないのです。

失敗の対価は、納税者だけでなく、失業者も支払わされることになってしまいます。そして結局は、失業は長引き、給料はもらえず、家族を養う食べ物もなくなってしまう。私の考え方は間違っているでしょうか。あちこちの国で失業率が急増しているのを見れば、分かるはずです。

8年前のことです。もう少し良いやり方をやってみようと思い立ちました。それも小さな規模で、と考えたのです。私が考えたのは、いわばピラミッドを逆転させることでした。組織ではなく、個人のところから始めようとしました。劇作家のアーサー・ミラーの言葉を借りれば、see it human、人間として見よ、そこから始めたのです。

次に、失業問題をビジネスとして捉えようと考えました。つまり、企業が雇用を生み出し、失業を失くしていくことで、その企業が利益をあげられる(少なくとも損はしない)といったインセンティブを得られるような枠組みを作ろうとしたのです。

私にとって励みになったのは、こうしたやり方がすでに医療分野では成功しているという事実でした。民間の病院が成功しているという事実は、ビジネスでも社会的大義は達成できるのだ、ということに対して懐疑的な人々を説得するのに十分でした。

では、「失業ビジネス(貧困ビジネス)」を立ち上げるのに必要な柱とはどういうものなのでしょうか。
私は七つあると思います。

第一に、それぞれの地域で働くことです。村や町、都市の地域などです。
第二に、仕事のない人に、希望やニーズに応じて現実にどのような仕事があるのかを見つける手助けをすることです。
第三に、それぞれの地域経済の中で、どんなスキルが不足して地域の発展を妨げているのかを探ることです。
第四に、その地域社会全体の利益になるように、地域の需要と供給を合致させていくことです。
第五に、これを実現していくためには、事業実施のネットワーク、オンラインや実際のオフィスと、専門能力を持ったスタッフを用意しなければなりません。これらのスタッフは、就労に向けて人々を訓練させる業務の組織・管理ができる能力のある人々です。それも単なる訓練一般ではなく、具体的で、最後には特定の仕事に結びつく特定の訓練でなければなりません。これを私たちは「雇用に繋がる訓練」と呼んでいます。
第六に、失業者に対してソフトローン、低利融資を提供します。これは高利貸しや担保を要求する標準的な借り入れとは違います。こうした融資のコストは、借り入れた失業者が生産的な状態になったときに回収することになります。
最後に注意すべきことは、これが民間企業のビジネスであるということです。私たちは各地域の担当マネージャーの評価を期待した目標に対して行い、好成績をあげられるようインセンティブを提供します。こうしたサイクルをしっかり回すことで私たちが目指しているのは、雇用が自力で、また自律的に動き出すことです。これは現場での事業であり、個人のニーズを事業のニーズとマッチさせ、それが達成できるように訓練を提供するのです。

気をつけなければならないのは、ビジネスとは適切な労働力と同時に、資金の確保が必要だということです。一方が欠ければ、経済成長は生まれません。

さて、以上は理論です。では、私たちは失業ビジネス(貧困ビジネス)を実際にはどのように作り上げていったのでしょうか。最初は小さなものでした。最初の年、2003年は2人の就労支援スタッフから始まりました。私、そして私のエグゼクティブ・アシスタントです。目標は10人。わずか10人のサウジアラビア人を訓練して、タクシー運転手にすることを目指しました。タクシー用の車を購入する資金を貸し付けました。ソフトローンです。でも、赤字前提のローンではありませんでした。このささやかな実験がうまく行ったことで、技能労働者が不足している企業と失業者の間で関心が一挙に広がりました。

そこで、私たちは業務を拡大しようということになったのです。大計画があったわけではありません。一般の普通の事業と同様、有機的拡大、内部的拡大を目指しました。2人の就労支援スタッフは500人に、事務所は20カ所に拡大しました。年間10であった就労先は1万に、続いて2万に増えました。昨年はサウジアラビアの若年層向けに4万5千人の就労先を確保し、今年の目標は5万2千人です。

これまでに、サウジアラビアだけで19万人に訓練と就労を提供してきました。サウジアラビアだけではなく、エジプトやシリアでも事業を開始し、そこでの失業ビジネス(貧困ビジネス)はすでに経費を回収し終わりました。トルコとモロッコにも進出しています。次は恐らくイギリスでしょう。失業問題を抱えているのは新興国だけに限らないからです。

ALJ(Abdul Latif Jameel)コミュニティー・イニシアティブは、雇用創出と就業訓練を医療や自動車整備の分野で行うだけではなく、大学教育と民間企業のニーズのギャップを埋める手助けを行い、さらにはマイクロファイナンスを提供し、若い人たちが小さな企業を行うよう奨励し、家庭の主婦たちが援助の受け手から生産者へ成長することも支援しています。

2016年に向けた私たちの目標、それは野心的ではあっても実現不可能な目標ではありません。その目標とは50万人分の雇用と職業訓練の機会を提供することです。これまでの経験から学んだことですが、大航海へ漕ぎ出すときは、どこに行きつくかはわかりません。しかし、だからといって漕ぎ出すことをやめる理由にはなりません。

上智大学で学んだ学生は、本質的には皆、イノベーターであり起業家です。皆さんは、大航海に乗り出す船乗りです。皆さんには現状に立ち向かう力、社会的責任をビジネスモデルに具体化する力があります。皆さんは周りの人々を励まし、小さな変化ではなく、大きな変革を成し遂げることができるはずです。皆さんの知恵と行動こそ、上智大学の教育の賜物であり、上智大学の社会貢献を永続させ、大きくする源なのです。

しかし、そんな皆さんも冷たくあしらわれることはあるでしょう。そんなときはバーナード・ショーの言葉が勇気づけてくれます。ショーが皮肉屋に向かって言った言葉です。
「君は目の前のものを見てこう言う、『わからない』。私は目の前にないものを夢見てこう言う。『やってみよう。』」

これから皆さんが足を踏み入れる世界は、混乱と変化の真っ只中にあります。混乱の中にあるのは、金融危機を引き起こした根源に道徳的価値観の崩壊があるからです。変化の中にあるのは、中国やロシア、インドが長年の孤立から抜け出して30億もの人々が自由市場経済の中に入り込んできたためです。世界人口の高齢化と増大に伴い、財政や天然資源に対する負荷が高まる一方で、よりよい生活への期待が高まっている中、これらの問題に対処することは不可能のように見えます。

しかし、驚くほどのことが、私の生きてきた時代の間だけでも成し遂げられたことを考えれば、私は楽観的です。皆さんの世代は、私の世代から引き継いだ様々な問題への解決策を見出すだけでなく、さらに素晴らしい、より多くの人を包むことのできる世界に向けて前進していく新しい機会に恵まれることでしょう。

最後に、ここで詩のようなものを一つ紹介させていただき、私の感謝の言葉を結びたいと思います。タゴールの詩です。
「眠っているとき、夢を見た。人生は喜びだ。目が覚めて気が付いた。人生とは奉仕だ。行動した。そして、気付いた。奉仕は喜びだ。」

旅路は長いのですが、私たちはすでにかなりの道のりを歩いてきました。しかし、旅路のほとんどはまだ足を踏み入れてすらいません。皆さんが自らの旅路に一歩踏み出すとき、未来は皆さんのものであり、未来は輝いています。今という時を捉えてください。ご自身のために、そして社会のために。ご成功をお祈り申し上げます。

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