
水谷竹秀氏(2000年外国語学部英語学科卒業)が集英社出版四賞のひとつ「開高健ノンフィクション賞」を受賞しました。受賞作品は、『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)。
みなさんと同じ上智大学生時代、私は夏休みや冬休みになるとよくアジアや中東などを旅行しました。現在も海外旅行に出掛ける学生さんはたくさんいらっしゃると思いますが、行った先で所持金を使い果たし、日本に帰国できないまま異国の地で路上生活を送る自分の姿を想像することができるでしょうか?
私が住むフィリピンには今、教会や路上などで無一文の生活を送る日本人たちが大勢います。そういった日本人のことを「困窮邦人」と呼びます。文字通り、経済的に困窮した海外在住の日本人を指しますが、西新宿の駅構内で見かけるホームレスとは少し異なります。日本でこの困窮邦人の存在はほとんど知られていませんが、フィリピンでは長年社会問題となってきました。
私は外国語学部英語学科を2000年3月に卒業した後、日本とオーストラリアでカメラマンとして働き、2004年から「日刊マニラ新聞」という新聞社で働いています。7年間の記者経験で、本にしたいと思ったのがこのテーマでした。
困窮邦人の大半は、日本のフィリピンクラブなどで出会った若い女性を追い掛けてきた50代以上の男性です。彼らは所持金を使い果たしてビザの延長をできず、不法滞在になって大使館に駆け込むのですが、親族や知人に送金を拒否され、路頭に迷ってしまう。遂には命を落とす人もいました。では大使館が援助をすれば良いのか。自分の意思で日本を飛び出して所持金を使い果たした困窮者に対し、国民が汗水たらして働いて納めた税金を簡単に貸し付けられない事情もあるのです。
一方で、そんな困窮邦人に食事や住居を提供する心優しきフィリピン人がいました。そのほとんどは貧困層。最低限の食事を得られれば、気候も温暖なため何とか生きていけるのです。
そんな彼らを2年近く追い続けたのが本作品『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』です。異国で無一文になった同胞の取材を続けることは、時に困難も伴いました。「取材するなら金をくれ」と無心され、過去の経歴などをごまかして虚言をはかれたこともありました。彼らの実像に迫るため、両親が住む日本の地方都市を訪ね歩いたのですが、私の目に映ったのは、閉塞感漂う日本の寂しい現実でした。
なぜ彼らを取材対象にしたのか。それは私が大学2年生の時、NGO活動に参加して訪れたフィリピンのとある村で受けた衝撃が根本にあるような気がします。日本とは対照的な、生き生きとした村人の姿。生きることに対する価値観が根底から覆されました。ちょうどその頃は1990年代後半の就職氷河期。その後の人生をどう生きるかが仲間内での話のネタになっていました。私は生きることについて真剣に考え始め、紆余曲折を経てフィリピンで新聞記者として働き、そこで困窮邦人たちの生きる姿に心を揺さぶられたのです。本作品は社会的テーマを扱ってはいますが、同時に私が学生時代に培った経験を基に描いたノンフィクションでもあります。母校のみなさんに読んで頂ければ幸いです。