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3人の神父 横浜へ上陸

3人の神父 横浜へ上陸

プリンツェス・アリーセ号 プリンツェス・アリーセ号

 1908年10月18日、ドイツ汽船、ブリンツェス・アリーセで上智大学設立のため3人のイエズス会員が横浜に上陸しました。その3人は先のドイツ人、ヨゼフ・ダールマン師、中国で長く働いていたフランス人のアンリ・ブシェー師、アメリカで活躍していたイギリス人のジェームズ・ロックリフ師です。後に初代学長に就任されたドイツ人の哲学者ヘルマン・ホフマン師、パリのソルボンヌ大学を卒業された日本人の天文学、数学、漢文学に精通した土橋八千太師(第3代学長)も参加しました。

ヨゼフ・ダールマン神父 ヨゼフ・ダールマン神父

 この陣容を見ても理解出来るように、ダールマン師自身は日本文化とインド文化や中国文化との深い関係を理解しており、大学設立に当たって、西洋の諸学問と並んで、東洋思想に通じるイエズス会員を日本に派遣すべきであるとローマの本部に要請したのです。現在でも上智大学は国際性が強調されていますが、国際性は上智大学の設立当初から、すでに深く根ざしていたものであったことが、これらのことからも確認できます。
 

アンリ・ブシェー神父 アンリ・ブシェー神父

 一行は当初、当時の小石川区の茗荷谷に仮住まいして校地を探しました。彼らは常にローマのイエズス会本部に報告書を送付していますが、プロテスタントの明治学院に関する手紙で、「明治学院は3,000人の学生を擁している」と書かれております。上智大学もその程度の規模の大学を設立しようと計画していたと思われます。

 やがてイエズス会本部から校地と校舎建設費215,000 ドル (43万円)を得て、現在の千代田区紀尾井町に校地を購入することとしました。敷地は4,300坪(現在の1号館からS.J.ハウスと、3号館の一部分にかけての土地)でした。しかしこの土地は坪100円を要したため土地の購入費だけで、校舎を建築する費用までねん出することができませんでした。そこでダールマン師はドイツの司教らにお願いし、ドイツのカトリック信者らの献金によって校舎の建築資金は賄われました。

ジェームズ・ロックリフ神父 ジェームズ・ロックリフ神父

 その後、1913年3月28日に文部省から大学設立の許可がおりました。こうして専門学校令による文学部と商学部の上智大学は誕生しました。しかし入学案内の新聞広告が掲載されたのは3月31日であったため、4月21日に開校したときはわずか15人の学生だけでした。校舎も建築中で、授業は現在も残っているクルトゥルハイムとその後、取り壊された大島館や、木造の民家を利用して開始されました。校舎が落成したのは翌1914年で、3階建ての赤レンガ校舎(現在の3号館の一部分の位置)でした。
 しかし創立してから10年、上智大学は茨の道をたどることになります。まず上智大学はイエズス会の北ドイツ管区の管轄下にあったため、第一次世界大戦でドイツからの経済的な援助がなくなってしまったことです。ドイツは日本と敵国の関係にありホフマン学長やドイツ人の教授(神父)は外出禁止令を受けたりもしました。さらにドイツは敗戦によるインフレのため援助は到底望めませんでした。

初代学長 ヘルマン・ホフマン神父 初代学長 ヘルマン・ホフマン神父

 1918年の大学令で早稲田大学や慶応義塾大学等の私立大学は専門学校令から大学令による大学に昇格しましたが、上智大学は国に納める供託金がなく、大学令の大学に昇格できたのは1928年でした。それにもまして打撃だったのは、1923年の関東大震災によって3階建ての赤レンガ校舎が崩壊したことです。ドイツの信者から寄せられた寄付金で建築された校舎は一瞬の内に2、3階が崩れ落ちてしまったのです。その後1階を修繕して、2階は木造を建て増して仮校舎としました。

赤レンガ校舎 赤レンガ校舎

 関東大震災で校舎の崩壊を体験した上智大学は、1932年に堅牢な現在の1号館校舎を完成させました。しかしその年の秋、一部のカトリック信者の学生が軍事教練で靖国神社の参拝を拒否したため軍部からの圧力を受け、新聞にこのことが報道され受験生が激減してしまいました。また当時のドイツは厳しい外貨規制法が施行されており資金を日本へ送ることは不可能な状況でした。

 やがて第二次世界大戦、キリスト教を教育理念とする上智大学は軍部からの圧力も強く、一次、興亜工業大学(現・千葉工業大学)との合併問題にまで発展しましたが幸い実現しないまま、終戦を迎えました。一方、1943年6月には学徒戦時動員体制によって、学生に対し徴集延期取消の法令が発表され徴兵検査の合格者は入隊することとなり、多くの学生は学徒出陣でかり出されて行ったのです。しかも、1945年4月13日から14日にかけての空襲で、赤レンガ校舎の木造部分は全焼しました。もっともこれだけの被害ですんだのは不幸中の幸いであったといえましょう。私は当時、広島のイエズス会の長束修練院にいて原爆を身近に体験しています。

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